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ルールは棚に準じます。
開始と終了の明記、
先頭には、シリーズ名とカプ名を、必ず明記してください。
SSの感想は「チラ裏スレ」にお願いします。
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役人愚痴+助手。「二人の扉」からちょっとあと。
こんな日常送ってほしいなあな願望話。エロないです。
あと、外来にドアがあったかなかったかは記憶曖昧です。申し訳ない。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
紙袋を携えた菅が、何となく嬉しそうな顔で搭乗医大の廊下を歩いている。
美味しいと評判のたい焼きをやっと手に入れることができたのだ。
目指すは特/別/愁/訴/外/来。そこの主がたい焼き好きだと言っていたので、
いつか差し入れしようと思っていたのだ。
誰のことも軽蔑せず、暖かい心配りを忘れない誠実な多口を菅は慕っていた。
それは尊敬すべき先輩というよりも、近所の優しいお姉さんに向けるような、
どこか気恥ずかしい、恋ではないが純粋な好意であった。
入り組んだ場所にある彼の城にたどり着いたとき、中から人の話し声が聞こえてくることに気づいた。
立ち聞きしようと思ったわけではないが、菅は中を窺おうと耳をドアにつけた。
『ちょっと、白取さんっ、ここは職場ですよ!』
『なーに言ってんの愚っ痴ー。今誰もいないじゃない』
『それに、昨夜あんなにしたのに』
『えー、キスは別腹っていうじゃない』
『い、い、ま、せ、ん!』続き13行
こんな日常送ってほしいなあな願望話。エロないです。
あと、外来にドアがあったかなかったかは記憶曖昧です。申し訳ない。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
紙袋を携えた菅が、何となく嬉しそうな顔で搭乗医大の廊下を歩いている。
美味しいと評判のたい焼きをやっと手に入れることができたのだ。
目指すは特/別/愁/訴/外/来。そこの主がたい焼き好きだと言っていたので、
いつか差し入れしようと思っていたのだ。
誰のことも軽蔑せず、暖かい心配りを忘れない誠実な多口を菅は慕っていた。
それは尊敬すべき先輩というよりも、近所の優しいお姉さんに向けるような、
どこか気恥ずかしい、恋ではないが純粋な好意であった。
入り組んだ場所にある彼の城にたどり着いたとき、中から人の話し声が聞こえてくることに気づいた。
立ち聞きしようと思ったわけではないが、菅は中を窺おうと耳をドアにつけた。
『ちょっと、白取さんっ、ここは職場ですよ!』
『なーに言ってんの愚っ痴ー。今誰もいないじゃない』
『それに、昨夜あんなにしたのに』
『えー、キスは別腹っていうじゃない』
『い、い、ま、せ、ん!』続き13行
菅はショックを受けつつ、その生々しい沈黙に縫い止められたように動けなくなった。
数秒か、十数秒か。
『信じられない!あなたには理性というものがないんですか!』
静寂を破る多口の怒声に菅はビクッとした。それにかぶせて怒んないでよと白取のヘラヘラした声がする。
『そこで頭を冷やしててください!僕はちょっと出掛けてきます!』
多口の声がどんどん近づいてくる。まずい。早く逃げないと。
菅は頭ではそう思うのになぜか体が全く動かない。どうしよう。どうしよう。
「……あ」
「……あ」
鼻先でドアが開き、上気した多口がポカンとした顔になった。
「あの……」
多口は非常に気まずそうな表情で目をそらした。
なにか言わなければ。うまい言葉が咄嗟に思い付かない菅の口から出たのは、
「たい焼き…買ってきたんですけど……」
多口がお茶を淹れている間、菅は白取と並んでテーブルについていた。
様子を伺うようにちらりと見ると、白取は平然と腕組みして多口のいる方を見ていた。
(ついさっき、この人と多口先生とが……)
二人がキスをしているところを想像してしまい、菅はますます気まずい気持ちになった。
「菅くんさあ……」続き11行
数秒か、十数秒か。
『信じられない!あなたには理性というものがないんですか!』
静寂を破る多口の怒声に菅はビクッとした。それにかぶせて怒んないでよと白取のヘラヘラした声がする。
『そこで頭を冷やしててください!僕はちょっと出掛けてきます!』
多口の声がどんどん近づいてくる。まずい。早く逃げないと。
菅は頭ではそう思うのになぜか体が全く動かない。どうしよう。どうしよう。
「……あ」
「……あ」
鼻先でドアが開き、上気した多口がポカンとした顔になった。
「あの……」
多口は非常に気まずそうな表情で目をそらした。
なにか言わなければ。うまい言葉が咄嗟に思い付かない菅の口から出たのは、
「たい焼き…買ってきたんですけど……」
多口がお茶を淹れている間、菅は白取と並んでテーブルについていた。
様子を伺うようにちらりと見ると、白取は平然と腕組みして多口のいる方を見ていた。
(ついさっき、この人と多口先生とが……)
二人がキスをしているところを想像してしまい、菅はますます気まずい気持ちになった。
「菅くんさあ……」続き11行
「あ、おいしい」
たい焼きをかじって多口が嬉しげに笑った。
もう、いつもの穏やかでどこか少年ぽいおもむきを取り戻している。
「お、ほんとだ。どこで買ったの?」
白取もばくりとかぶり付き、ちょっと驚いた顔になった。
(二人で食べたかったんだけどな…)
あてが外れて落胆しつつ、菅は香りのいい茶をすすった。
「今日は、なんかすみませんでした」
法医学教室まで送ってもらう道すがら、菅は力なく多口に謝った。
「ううん。謝るのはこっちだよ。せっかくたい焼き6つも買ってきてくれたのに、
白取さんが3つも食べちゃって……」
菅はすまなさそうな多口を盗み見るように見遣る。
年下の自分が言うのもなんだが、純情そうなこの診療内科医が
白取と二人きりだとどんなことを話して、どんな風に触れあって抱き合うのだろう……。
そんなことを考えると身の内にカッと熱が走り、菅は小さく首を振った。
「……?どうかした?」
菅が我に帰ると、多口の黒い瞳が自分を見上げていた。
「いえ。あの……、多口先生は、白取さんが好きなんですか?」
(……俺のバカ!)続き15行
たい焼きをかじって多口が嬉しげに笑った。
もう、いつもの穏やかでどこか少年ぽいおもむきを取り戻している。
「お、ほんとだ。どこで買ったの?」
白取もばくりとかぶり付き、ちょっと驚いた顔になった。
(二人で食べたかったんだけどな…)
あてが外れて落胆しつつ、菅は香りのいい茶をすすった。
「今日は、なんかすみませんでした」
法医学教室まで送ってもらう道すがら、菅は力なく多口に謝った。
「ううん。謝るのはこっちだよ。せっかくたい焼き6つも買ってきてくれたのに、
白取さんが3つも食べちゃって……」
菅はすまなさそうな多口を盗み見るように見遣る。
年下の自分が言うのもなんだが、純情そうなこの診療内科医が
白取と二人きりだとどんなことを話して、どんな風に触れあって抱き合うのだろう……。
そんなことを考えると身の内にカッと熱が走り、菅は小さく首を振った。
「……?どうかした?」
菅が我に帰ると、多口の黒い瞳が自分を見上げていた。
「いえ。あの……、多口先生は、白取さんが好きなんですか?」
(……俺のバカ!)続き15行
多口が戻ると、白取は脚を組んで誰かと電話で話していた。
「僕がいなきゃ回らないって、おたくらどれだけ仕事できないのよ。
結果だけ伝えようとか思わないわけー?」
(また偉そうに……)
多口はため息をついて、コーヒーメーカーの前に立った。
「愚っ痴ーお帰りー」
もう終わったのか、白取ののんびりした声が背中から聞こえてきた。
「こんなとこで油売ってていいんですか?」
コーヒーを出した多口に白取はシニカルに笑ってみせた。
「いいのいいの。大物は最後の美味しいとこだけ持ってくのが役目なんだから」
そう言うと大きな手でカップをとった。
しばらくのち、多口は時計を見てすまなさそうに切り出した。
「あの、僕、もうじき午後の診察なんです。だからそこにいられると……」
「ん?ああ、ほんとだ」
白取も時計を見て、ふむとうなずいた。
「じゃあそろそろおいとましなきゃね〜」
白取はコーヒーを半分残して立ち上がる。
その半分だけのコーヒーが目にはいったとき、ふいに多口は強い寂しさを感じた。
「あの、白取さん。今日も家に行っていいですか?」続き13行
「僕がいなきゃ回らないって、おたくらどれだけ仕事できないのよ。
結果だけ伝えようとか思わないわけー?」
(また偉そうに……)
多口はため息をついて、コーヒーメーカーの前に立った。
「愚っ痴ーお帰りー」
もう終わったのか、白取ののんびりした声が背中から聞こえてきた。
「こんなとこで油売ってていいんですか?」
コーヒーを出した多口に白取はシニカルに笑ってみせた。
「いいのいいの。大物は最後の美味しいとこだけ持ってくのが役目なんだから」
そう言うと大きな手でカップをとった。
しばらくのち、多口は時計を見てすまなさそうに切り出した。
「あの、僕、もうじき午後の診察なんです。だからそこにいられると……」
「ん?ああ、ほんとだ」
白取も時計を見て、ふむとうなずいた。
「じゃあそろそろおいとましなきゃね〜」
白取はコーヒーを半分残して立ち上がる。
その半分だけのコーヒーが目にはいったとき、ふいに多口は強い寂しさを感じた。
「あの、白取さん。今日も家に行っていいですか?」続き13行
休憩から戻った富士原と午後の準備をしていると、多口のポケットで電話が鳴った。
「白取さんだ……」
忘れ物かなと出ると、開口一番
『ハンバーグと唐揚げ』
と言われ、多口は面食らった。
「どうしたんですか急に」
『だから、今日うち来るんでしょ?作ってよ、ハンバーグと唐揚げ』
「メールにしようと思わないんですか」
多口が呆れると、めんどくさいじゃんと一蹴された。
「そんなにお肉ばかり食べちゃ毒ですよ。たまには白身のお魚とお豆腐と野菜を蒸したのとか……」
『そんなの食べたってエネルギーにならないよ。
ハンバーグと唐揚げね。僕の口に合う、おいしいの作ってよ』
「……わかりました」
多口が折れると、白取はよっしと歓声をあげて電話を切った。
「食生活の改善が当面の課題のようですね」
白取の声が聞こえていたらしく、富士原が準備を進めつつにこやかに言う。
「何かいい知恵ありませんか」
多口がぼやくと、富士原は穏やかに、しかしちょっといたずらっぽく笑った。
「もういいっていうくらい、お肉尽くしで攻めてみたらいかがです?」
「むしろ大喜びで食べちゃいそうですけど」続き15行
「白取さんだ……」
忘れ物かなと出ると、開口一番
『ハンバーグと唐揚げ』
と言われ、多口は面食らった。
「どうしたんですか急に」
『だから、今日うち来るんでしょ?作ってよ、ハンバーグと唐揚げ』
「メールにしようと思わないんですか」
多口が呆れると、めんどくさいじゃんと一蹴された。
「そんなにお肉ばかり食べちゃ毒ですよ。たまには白身のお魚とお豆腐と野菜を蒸したのとか……」
『そんなの食べたってエネルギーにならないよ。
ハンバーグと唐揚げね。僕の口に合う、おいしいの作ってよ』
「……わかりました」
多口が折れると、白取はよっしと歓声をあげて電話を切った。
「食生活の改善が当面の課題のようですね」
白取の声が聞こえていたらしく、富士原が準備を進めつつにこやかに言う。
「何かいい知恵ありませんか」
多口がぼやくと、富士原は穏やかに、しかしちょっといたずらっぽく笑った。
「もういいっていうくらい、お肉尽くしで攻めてみたらいかがです?」
「むしろ大喜びで食べちゃいそうですけど」続き15行
役人愚痴 蟻開始少し前ぐらい。
ほのぼのです。
ーーーーーーーーーーーー
西側の窓から麗らかな春の陽気が差し込む。
部屋の中いっぱいに光の花が幾つも幾つも咲いたような気がして、ふと、多口康平はペンを動かしていた手を止めた。
何気なく周囲を見やるが、そこにあるのはいつもと何ら変わることのない特別宗祖外来の風景。
カフェテリアにあるようなテーブルセットを中心にして、部屋のあちこちには可愛らしいサボテンが飾られている。
金魚が踊る水槽から聞こえる水の音は、人の心に安らぎと落ち着きをもたらす。
およそ大学病院の診察室の一つとは思えない、心安い空間。
見慣れたはずの光景が、この時の多口の目には、なぜだかやけに幻想的に映った。
その理由が、窓から差し込む柔らかな光のせいであることはすぐに分かった。
「…………」
しばらくの間、ぼんやりと光ある空間を眺めていた多口が、不意に椅子から立ち上がった。
そして、ふらりとした足取りでその窓の方へ向かう。
まるで、見えない力によって引き寄せられているかのように。
それは言葉では上手く表現できない、奇妙な幸福感を伴っているようだった。続き11行
ほのぼのです。
ーーーーーーーーーーーー
西側の窓から麗らかな春の陽気が差し込む。
部屋の中いっぱいに光の花が幾つも幾つも咲いたような気がして、ふと、多口康平はペンを動かしていた手を止めた。
何気なく周囲を見やるが、そこにあるのはいつもと何ら変わることのない特別宗祖外来の風景。
カフェテリアにあるようなテーブルセットを中心にして、部屋のあちこちには可愛らしいサボテンが飾られている。
金魚が踊る水槽から聞こえる水の音は、人の心に安らぎと落ち着きをもたらす。
およそ大学病院の診察室の一つとは思えない、心安い空間。
見慣れたはずの光景が、この時の多口の目には、なぜだかやけに幻想的に映った。
その理由が、窓から差し込む柔らかな光のせいであることはすぐに分かった。
「…………」
しばらくの間、ぼんやりと光ある空間を眺めていた多口が、不意に椅子から立ち上がった。
そして、ふらりとした足取りでその窓の方へ向かう。
まるで、見えない力によって引き寄せられているかのように。
それは言葉では上手く表現できない、奇妙な幸福感を伴っているようだった。続き11行
その刹那、痛いぐらいに強い力が彼の左腕を掴む。
「おい」と、ややドスの利いた低い声に鼓膜を揺さぶられるのと同時に、多口の体はその声の方へ力ずくで引き寄せられた。
「おい、愚ッ痴ー」
すっかり耳に馴染んでしまった声……珍しく、やや焦りの色を帯びたようなそれを受けて、多口の意識は幻想から現実へ引き戻される。
やがて合わさった焦点の先に映った人物を認めると、彼に向かって多口は静かに微笑んだ。
「あれ、白酉さん。どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないでしょー、愚ッ痴ー。ちょっと酷いんじゃないの?僕の呼び掛けを無視して窓の向こうを見続けるなんてさ。四、五回は呼んだんだよ。四、五回だよ。一、二回じゃないんだよ」
「すみません、ちょっとぼうっとしてしまってて……」
「あのねえ、いくら暇だからって訪問者の声が聞こえなくなるぐらいボーっととしてちゃ駄目でしょうが」
「酷いなあ。これでも、ついさっきまで患者さんの対応をしてたんですよ」
「じゃあ、僕の呼び掛けに気付かなかったのは何でなの?」
「それは……すみません。ぼうっとしてました」
二〇センチメートル以上もの身長差を物語るように白酉の顔を見上げながら、多口はやけに素直に頭を下げた。
少し気恥ずかしそうに微笑むその様は、未だにどこかフワフワとしているようで、穏やかでありながら何とも言えない不安を感じさせた。
窓から差し込む光を全身に浴びている為か、多口の体の半分ほどがその光の中に溶けているように見受けられるのだ。
そんな中でうっすらと微笑む彼の姿は、より一層現実感に欠けていた。
「おい」と、ややドスの利いた低い声に鼓膜を揺さぶられるのと同時に、多口の体はその声の方へ力ずくで引き寄せられた。
「おい、愚ッ痴ー」
すっかり耳に馴染んでしまった声……珍しく、やや焦りの色を帯びたようなそれを受けて、多口の意識は幻想から現実へ引き戻される。
やがて合わさった焦点の先に映った人物を認めると、彼に向かって多口は静かに微笑んだ。
「あれ、白酉さん。どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないでしょー、愚ッ痴ー。ちょっと酷いんじゃないの?僕の呼び掛けを無視して窓の向こうを見続けるなんてさ。四、五回は呼んだんだよ。四、五回だよ。一、二回じゃないんだよ」
「すみません、ちょっとぼうっとしてしまってて……」
「あのねえ、いくら暇だからって訪問者の声が聞こえなくなるぐらいボーっととしてちゃ駄目でしょうが」
「酷いなあ。これでも、ついさっきまで患者さんの対応をしてたんですよ」
「じゃあ、僕の呼び掛けに気付かなかったのは何でなの?」
「それは……すみません。ぼうっとしてました」
二〇センチメートル以上もの身長差を物語るように白酉の顔を見上げながら、多口はやけに素直に頭を下げた。
少し気恥ずかしそうに微笑むその様は、未だにどこかフワフワとしているようで、穏やかでありながら何とも言えない不安を感じさせた。
窓から差し込む光を全身に浴びている為か、多口の体の半分ほどがその光の中に溶けているように見受けられるのだ。
そんな中でうっすらと微笑む彼の姿は、より一層現実感に欠けていた。
「……白酉さん?」
難しい顔をして不意に押し黙ってしまった長身の男を、多口が下の方から伺い見た。
一体どうしたのか?と怪訝な顔で黒目がちな目を少しばかり見開く。
見慣れたはずのその顔が、すぐ目の前にあるはずの存在がなぜだかやけに希薄に見えて、白酉は多口の左腕を掴んでいた手に更なる力を込めた。
「ちょっと……痛いですよ、白酉さん。手、離して下さい」
「どうしよっかなー」
「白酉さん!」
「これ」
「え?」
困り顔の多口の目の前に、不意に上品な白地の箱が突き出された。
手のひらより一回りほど大きいぐらいの箱には、可愛らしい花柄模様とどこかの店名らしきアルファベットが記されている。
「せっかく通りすがりに良い感じのケーキ屋を見つけたがら、愚ッ痴ーと一緒に食べようかなーって思ってたんだけど、どうしよっかなー」
キョトンとして見上げる多口に向かって、白酉はわざとらしく嫌味っぽく言った。
否、嫌味っぽくと言うよりは、子供が拗ねて口を尖らせているような言いぐさだった。
それを受けると、途端に多口は嬉しそうに顔を綻ばせた。続き10行
難しい顔をして不意に押し黙ってしまった長身の男を、多口が下の方から伺い見た。
一体どうしたのか?と怪訝な顔で黒目がちな目を少しばかり見開く。
見慣れたはずのその顔が、すぐ目の前にあるはずの存在がなぜだかやけに希薄に見えて、白酉は多口の左腕を掴んでいた手に更なる力を込めた。
「ちょっと……痛いですよ、白酉さん。手、離して下さい」
「どうしよっかなー」
「白酉さん!」
「これ」
「え?」
困り顔の多口の目の前に、不意に上品な白地の箱が突き出された。
手のひらより一回りほど大きいぐらいの箱には、可愛らしい花柄模様とどこかの店名らしきアルファベットが記されている。
「せっかく通りすがりに良い感じのケーキ屋を見つけたがら、愚ッ痴ーと一緒に食べようかなーって思ってたんだけど、どうしよっかなー」
キョトンとして見上げる多口に向かって、白酉はわざとらしく嫌味っぽく言った。
否、嫌味っぽくと言うよりは、子供が拗ねて口を尖らせているような言いぐさだった。
それを受けると、途端に多口は嬉しそうに顔を綻ばせた。続き10行
今度は白酉が気恥ずかしそうに視線を泳がせながら、つらつらと言葉を重ねる。
言葉を重ねながらも尻すぼみになりゆく白酉の声に被さるようにして、多口の澄んだ声が真っ直ぐに下ろされた。
「すみませんでした。でも、ありがとうございます。白酉さん」
「え?何が」
「心配してくれたことが。申し訳ない反面、ちょっと嬉しくて……」
そう言って改めて白酉に向かって微笑んで見せた多口には、先ほどまでの奇妙な希薄さは感じられなかった。
窓から差し込む光を背にしていても、彼の体がその中に溶けているような錯覚は受けなかった。
それを認めて、白酉は小さく息をつくと同時に、ずっと掴んでいた多口の左腕をようやく解放した。
「まあ良いか、今回は。この中にあるチーズケーキによく合う美味しいコーヒーを淹れてくれたら、許してあげるよ」
空になった右手でポリポリと頭を掻きながら、白酉は込み上げる笑みを噛み殺した。
彼なりの照れ隠しを充分に理解して、多口はもう一度にっこりと笑い、頷いた。
「わかりました。今日は特別に美味しいコーヒーを作りますね」
「ちょっとやそっとの美味しさじゃあ、僕は納得しないからね」
「うーん、頑張ります」続き2行
言葉を重ねながらも尻すぼみになりゆく白酉の声に被さるようにして、多口の澄んだ声が真っ直ぐに下ろされた。
「すみませんでした。でも、ありがとうございます。白酉さん」
「え?何が」
「心配してくれたことが。申し訳ない反面、ちょっと嬉しくて……」
そう言って改めて白酉に向かって微笑んで見せた多口には、先ほどまでの奇妙な希薄さは感じられなかった。
窓から差し込む光を背にしていても、彼の体がその中に溶けているような錯覚は受けなかった。
それを認めて、白酉は小さく息をつくと同時に、ずっと掴んでいた多口の左腕をようやく解放した。
「まあ良いか、今回は。この中にあるチーズケーキによく合う美味しいコーヒーを淹れてくれたら、許してあげるよ」
空になった右手でポリポリと頭を掻きながら、白酉は込み上げる笑みを噛み殺した。
彼なりの照れ隠しを充分に理解して、多口はもう一度にっこりと笑い、頷いた。
「わかりました。今日は特別に美味しいコーヒーを作りますね」
「ちょっとやそっとの美味しさじゃあ、僕は納得しないからね」
「うーん、頑張ります」続き2行
カチャカチャとカップがぶつかり合う音や、コポコポと沸騰する音、
それに伴って漂ってくる香ばしいコーヒーの匂い……
それらをゆったりと楽しみながら、白酉はふと西側の窓を見た。
白酉がこの部屋を訪れた時、多口が見入っていた窓を。
自分に背を向けたまま呼び掛けにも応えなかった彼の後ろ姿は、今にも光の中に溶けて消えてしまいそうだった。
今にして思えば、実に陳腐で馬鹿馬鹿しい錯覚である。
しかし、事態に直面したその時は本当に不安感を抱いたのだ。
思いも寄らず強い力で多口の腕を掴み引っ張ってしまうほどに。
あの時、多口は一体何を見ていたのだろうか。
もし、彼の腕を掴まなかったら……
「……ねえ、愚ッ痴ー」
コーヒーを用意している最中の多口に向かって、白酉が窓に目を向けたまま声だけをかける。
「何ですか、白酉さん」
「さっきさぁ、窓の向こうの何を見てたの?」
「何ってものではないんですけど……」
「ん?何か気になるものとかが見えてたんじゃないの?」
「ええ。特定の何かというわけではないんです」続き12行
それに伴って漂ってくる香ばしいコーヒーの匂い……
それらをゆったりと楽しみながら、白酉はふと西側の窓を見た。
白酉がこの部屋を訪れた時、多口が見入っていた窓を。
自分に背を向けたまま呼び掛けにも応えなかった彼の後ろ姿は、今にも光の中に溶けて消えてしまいそうだった。
今にして思えば、実に陳腐で馬鹿馬鹿しい錯覚である。
しかし、事態に直面したその時は本当に不安感を抱いたのだ。
思いも寄らず強い力で多口の腕を掴み引っ張ってしまうほどに。
あの時、多口は一体何を見ていたのだろうか。
もし、彼の腕を掴まなかったら……
「……ねえ、愚ッ痴ー」
コーヒーを用意している最中の多口に向かって、白酉が窓に目を向けたまま声だけをかける。
「何ですか、白酉さん」
「さっきさぁ、窓の向こうの何を見てたの?」
「何ってものではないんですけど……」
「ん?何か気になるものとかが見えてたんじゃないの?」
「ええ。特定の何かというわけではないんです」続き12行
「ねえ、愚ッ痴ー」
不意に一段ほど低い声で、白酉が多口に呼び掛けた。
改まった様子の白酉に、多口の手が一旦止まる。
「何ですか、白酉さん」
職業柄、相手の心の機微に聡い多口は、白酉の様子の変化に合わせるように、声を落ち着いた色に変える。
そういったことが自然にできてしまうところに、多口康平という人間の誠実な人となりが滲み出るのだ。
神とやらが、もしも居るのなら、彼のような人をこそ傍に置くことを望むだろう。
しかしーー
「苦しいことも悲しいことも無い、ついでに僕もいない天国みたいな世界と、苦しいことも悲しいこともいっぱいあって、もちろん僕もいる現実の世界と、どっちが良い?」
白酉は唐突にしておかしな質問を投げかけた。
相手の顔も見ずに問い掛けるその様は、真剣なのか冗談なのか意図が掴めない。普通の人間なら。
だが多口は、小さな息を一つだけつくと、満面の笑みで答えた。
「そんなの、決まってるじゃないですか」続き13行
不意に一段ほど低い声で、白酉が多口に呼び掛けた。
改まった様子の白酉に、多口の手が一旦止まる。
「何ですか、白酉さん」
職業柄、相手の心の機微に聡い多口は、白酉の様子の変化に合わせるように、声を落ち着いた色に変える。
そういったことが自然にできてしまうところに、多口康平という人間の誠実な人となりが滲み出るのだ。
神とやらが、もしも居るのなら、彼のような人をこそ傍に置くことを望むだろう。
しかしーー
「苦しいことも悲しいことも無い、ついでに僕もいない天国みたいな世界と、苦しいことも悲しいこともいっぱいあって、もちろん僕もいる現実の世界と、どっちが良い?」
白酉は唐突にしておかしな質問を投げかけた。
相手の顔も見ずに問い掛けるその様は、真剣なのか冗談なのか意図が掴めない。普通の人間なら。
だが多口は、小さな息を一つだけつくと、満面の笑みで答えた。
「そんなの、決まってるじゃないですか」続き13行
「神様の舌打ち」以上で終わりです。
すみません、適当に7分割ぐらいを見込んでいたのですが、
終わってみれば、6分割で事足りました。
更に追加の注意点をば。
3/7の最後の文と4/7の頭の文が被っているので、
皆様の脳内で、どちらかを削ってやって下さい。
重ね重ね申し訳ありません。
すみません、適当に7分割ぐらいを見込んでいたのですが、
終わってみれば、6分割で事足りました。
更に追加の注意点をば。
3/7の最後の文と4/7の頭の文が被っているので、
皆様の脳内で、どちらかを削ってやって下さい。
重ね重ね申し訳ありません。
本編はSPと紅将軍の間くらい、後日談は蟻亜土ねの時計プレゼント直後だと思って読んでください。
「ぼくのかんがえたしらぐちのなれそめ」話なので注意してください。
-------------------
春は仕事が忙しい。希望に溢れた出会いの季節は、現代人にはそれは時として重荷となって圧し掛かる。
暇な時期と比べると、患者の数は3倍近くなる。
毎日毎日受付時間いっぱいまで診察をして、受付時間終了後は大量のカルテ整理に追われた。
大変だけれど、僕はこの時期が好きだった。
今日もいつものように、カルテ整理に追われていると、後ろで富士原さんの驚きを含んだ声がした。
「あらぁ、珍しい」
誰か来訪者が来たようだ。誰だろう。おかしいな、受付時間はもう終了したはずだけど。
はてなマークをうかべながら後ろをちらりと振り返ると、そこにいたのは確かに珍しい人物だった。
「よっ、愚っ痴ー久しぶりぃ〜」
その顔を見た瞬間、反射的に顔を背けてしまった。同時に、失敗した、とも思った。続き37行
「ぼくのかんがえたしらぐちのなれそめ」話なので注意してください。
-------------------
春は仕事が忙しい。希望に溢れた出会いの季節は、現代人にはそれは時として重荷となって圧し掛かる。
暇な時期と比べると、患者の数は3倍近くなる。
毎日毎日受付時間いっぱいまで診察をして、受付時間終了後は大量のカルテ整理に追われた。
大変だけれど、僕はこの時期が好きだった。
今日もいつものように、カルテ整理に追われていると、後ろで富士原さんの驚きを含んだ声がした。
「あらぁ、珍しい」
誰か来訪者が来たようだ。誰だろう。おかしいな、受付時間はもう終了したはずだけど。
はてなマークをうかべながら後ろをちらりと振り返ると、そこにいたのは確かに珍しい人物だった。
「よっ、愚っ痴ー久しぶりぃ〜」
その顔を見た瞬間、反射的に顔を背けてしまった。同時に、失敗した、とも思った。続き37行
「愚っ痴ー」
ビクッとして、後ろを振り返る。
「それ、いつ終わる」
「あ、えっと・・・あと、30分くらいです」
「わかった。待ってるから」
白取さんは僕の方には目を向けずに、置いてある新聞に目を落としながら言った。
「明日の仕事はいいんですか?」
「うん、それより大事なことだから」
僕の心臓がドクンと疼いた。
・・・・・・・・
『愚っ痴ー、』
その日、白取さんは明らかに纏っている空気が違った。
僕だって恋愛絡みの相談は、何度も何度も受けてきた。続き66行
ビクッとして、後ろを振り返る。
「それ、いつ終わる」
「あ、えっと・・・あと、30分くらいです」
「わかった。待ってるから」
白取さんは僕の方には目を向けずに、置いてある新聞に目を落としながら言った。
「明日の仕事はいいんですか?」
「うん、それより大事なことだから」
僕の心臓がドクンと疼いた。
・・・・・・・・
『愚っ痴ー、』
その日、白取さんは明らかに纏っている空気が違った。
僕だって恋愛絡みの相談は、何度も何度も受けてきた。続き66行
季節はもう初夏になり始めていた。仕事も少しばかり落ち着いて、僕は相変わらずの毎日を送っていた。
白取さんはあれ以来、一度も姿も見せなければ、何かしらのコンタクトも寄こしてこなかった。
ときどき、あのことが夢だったかのような気さえしてくる。
安堵する気持ちとは対照的に、何でこんなことになっちゃったんだろうなぁ、という気持ちもあった。
しかし、そんなことを考えてもまたあの複雑な気持ちが襲ってくるだけなので、なるべく考えないようにしていた。
小雨のぱらつく、薄暗い午後だった。
「田愚痴先生、すみませんけどこれ、院長のところまで持っていっていただけます?」
と言って、富士原さんに白封筒を手渡された。
「あ、わかりました」
僕は二つ返事で応諾して、院長室に足を早めた。
院長室に到着し、いざノックしようとしたその時、勝手にドアががちゃりと開き、見慣れたシルエットが眼前に現れた。
「「あっ」」
白取さんだ!
僕が混乱して固まっていると、白取さんは眉一つ動かさずこう言った。続き34行
白取さんはあれ以来、一度も姿も見せなければ、何かしらのコンタクトも寄こしてこなかった。
ときどき、あのことが夢だったかのような気さえしてくる。
安堵する気持ちとは対照的に、何でこんなことになっちゃったんだろうなぁ、という気持ちもあった。
しかし、そんなことを考えてもまたあの複雑な気持ちが襲ってくるだけなので、なるべく考えないようにしていた。
小雨のぱらつく、薄暗い午後だった。
「田愚痴先生、すみませんけどこれ、院長のところまで持っていっていただけます?」
と言って、富士原さんに白封筒を手渡された。
「あ、わかりました」
僕は二つ返事で応諾して、院長室に足を早めた。
院長室に到着し、いざノックしようとしたその時、勝手にドアががちゃりと開き、見慣れたシルエットが眼前に現れた。
「「あっ」」
白取さんだ!
僕が混乱して固まっていると、白取さんは眉一つ動かさずこう言った。続き34行
「愚っ痴ーは今までどおりがいいって思ってるみたいだけど、僕はそれはもう無理だから」
「ど・・どうしてですか?」
「・・・・・。あのさぁ、僕だって人間なんだけど」
「・・・?」
「だぁから、好きになった人に触りたいとかキスしたいとか、当たり前に考えるっつってんの」
僕は、みるみるうちに顔が熱くなるのがわかった。
「そ・・そんなの、おかしいですよ・・・」
「別におかしくないよ。僕だって今までどおりの関係でいることも考えたよ。
愚っ痴ーがそうしたがってるのもわかってた。愚っ痴ーはわかりやすいから。
けどね、あの日がもう、限界だったの。理性じゃどうにもならない瞬間っていうのがあるんだよ。
これから先、愚っ痴ーに大切な人が出来たとして、僕はもうその近くにいて、祝福してやれる自信がない」
白取さんは淡々と台詞を吐いた。
「だからあの日、好きだって言ったんだ」
「・・・・・。」
「けど愚っ痴ーは逃げたよね」
心がざわざわと騒ぎ出す。
続き75行
「ど・・どうしてですか?」
「・・・・・。あのさぁ、僕だって人間なんだけど」
「・・・?」
「だぁから、好きになった人に触りたいとかキスしたいとか、当たり前に考えるっつってんの」
僕は、みるみるうちに顔が熱くなるのがわかった。
「そ・・そんなの、おかしいですよ・・・」
「別におかしくないよ。僕だって今までどおりの関係でいることも考えたよ。
愚っ痴ーがそうしたがってるのもわかってた。愚っ痴ーはわかりやすいから。
けどね、あの日がもう、限界だったの。理性じゃどうにもならない瞬間っていうのがあるんだよ。
これから先、愚っ痴ーに大切な人が出来たとして、僕はもうその近くにいて、祝福してやれる自信がない」
白取さんは淡々と台詞を吐いた。
「だからあの日、好きだって言ったんだ」
「・・・・・。」
「けど愚っ痴ーは逃げたよね」
心がざわざわと騒ぎ出す。
続き75行
すみません、↑の小説を書いたものですが、以前の方とタイトル被ってますね。ほぼ無自覚でした・・・
作者さまはじめ、不快に思われた方にお詫び申し上げます。
今度からはちゃんと確認して投稿するように致します。大変失礼しました!
作者さまはじめ、不快に思われた方にお詫び申し上げます。
今度からはちゃんと確認して投稿するように致します。大変失礼しました!
役人愚痴。「惚れた弱味」の続き。ぬるめのエロあります。
(>>64さん気になさらないで下さいね)
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「それにしてもビックリしました」
白取がさっきまで二人で見ていた野性動物のドキュメンタリーDVDを片付けてソファに座ると、
隣の多口がしみじみ呟いた。
「この地球上で毎日、動物達は命のやり取りをしているんだよね。
人間はそういう暮らしを避けたくて文明を発展させたんだろうけど、
こんなドキュメンタリーをわざわざ見てしまうってことは、
どこまでいっても人間は動物でしかないってことなのかもしれないね」
白取が真面目に語ると、それにかぶせるように多口が口を開いた。
「まさかハンバーグも唐揚げもきれいに食べちゃうなんて」
「えっ、そこなの!?」
白取が呆れた顔をすると、多口が興奮ぎみに食い下がってきた。
「だって、ハンバーグは7個も作ったし、唐揚げだって山盛り揚げたんですよ?
残ったら、明日お弁当にさせてもらおうかなって思ってたのに、
白取さん一気に食べちゃったから、ほんとにビックリして…」
「そんなこと言われてもねー。美味しかったんだからしょうがないじゃない」続き13行
(>>64さん気になさらないで下さいね)
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「それにしてもビックリしました」
白取がさっきまで二人で見ていた野性動物のドキュメンタリーDVDを片付けてソファに座ると、
隣の多口がしみじみ呟いた。
「この地球上で毎日、動物達は命のやり取りをしているんだよね。
人間はそういう暮らしを避けたくて文明を発展させたんだろうけど、
こんなドキュメンタリーをわざわざ見てしまうってことは、
どこまでいっても人間は動物でしかないってことなのかもしれないね」
白取が真面目に語ると、それにかぶせるように多口が口を開いた。
「まさかハンバーグも唐揚げもきれいに食べちゃうなんて」
「えっ、そこなの!?」
白取が呆れた顔をすると、多口が興奮ぎみに食い下がってきた。
「だって、ハンバーグは7個も作ったし、唐揚げだって山盛り揚げたんですよ?
残ったら、明日お弁当にさせてもらおうかなって思ってたのに、
白取さん一気に食べちゃったから、ほんとにビックリして…」
「そんなこと言われてもねー。美味しかったんだからしょうがないじゃない」続き13行
「僕のかっこよさについて存分に誉めるとかさ、
僕がどれだけ優秀かを語り合うとか……」
多口を見上げながらふざける白取に、多口はふいに「あ」といった。
「どしたの」
「いえ……あの、なんかちょっと新鮮だなって」
「何が?」
「だって、僕が白取さんを見下ろすなんて、まずないじゃないですか。
だからこの視点って新鮮だなあって」
多口の言葉に、白取は何でもないように「そう?」と答えた。
「昨日の今ごろだって、愚っ痴ー僕を見下ろしてたじゃない」
白取はよく見せる、ちょっと意地の悪い笑顔を浮かべた。
「え?」
「ベッドの上でさ、僕にまたがってすっごいいい顔してたじゃない。もう忘れたの?」
からかうようにそう言われ、多口は昨夜のことを一瞬で思い出した。
とたん、みるみる顔が紅潮し、口をパクパクさせた。
「あっ、あれは、行き掛かり上ああいう体勢になっただけでっ」
白取はクスクス笑うと、どっちでもいいよと言い、多口の後頭部に手を添えた。
そっと引き寄せ、唇を重ねる。多口も目を閉じて応えた。
「今度は怒んないんだね」
「それは……今はプライベートじゃないですか」続き14行
僕がどれだけ優秀かを語り合うとか……」
多口を見上げながらふざける白取に、多口はふいに「あ」といった。
「どしたの」
「いえ……あの、なんかちょっと新鮮だなって」
「何が?」
「だって、僕が白取さんを見下ろすなんて、まずないじゃないですか。
だからこの視点って新鮮だなあって」
多口の言葉に、白取は何でもないように「そう?」と答えた。
「昨日の今ごろだって、愚っ痴ー僕を見下ろしてたじゃない」
白取はよく見せる、ちょっと意地の悪い笑顔を浮かべた。
「え?」
「ベッドの上でさ、僕にまたがってすっごいいい顔してたじゃない。もう忘れたの?」
からかうようにそう言われ、多口は昨夜のことを一瞬で思い出した。
とたん、みるみる顔が紅潮し、口をパクパクさせた。
「あっ、あれは、行き掛かり上ああいう体勢になっただけでっ」
白取はクスクス笑うと、どっちでもいいよと言い、多口の後頭部に手を添えた。
そっと引き寄せ、唇を重ねる。多口も目を閉じて応えた。
「今度は怒んないんだね」
「それは……今はプライベートじゃないですか」続き14行
罪悪感がなかったわけではない。多口とて男である。
そばにいながらおあずけを食らわせる残酷さも理解していた。
だから、職場での一件については、白取にストレスを与えてしまっているのだなと彼なりに反省していた。
だが、肉体への負担も大きかったし、あまりに強い快感に我を忘れることが恥ずかしかった。
そんな自分勝手な理由で白取の接触を避けておきながら、
自分がしたいからといって反故にするのはいくらなんでも……と躊躇してしまう。
「今さらしたいなんて言えないなあ…ってとこ?」
ハッとして多口が白取に視線を向けると、白取はシニカルに笑いながらも、
その瞳に強い欲望を宿していた。
「愚っ痴ーがしたくないんなら僕はやめるけど。
したいんだったらしようよ。パートナーとセックスしたいって思うことは、
別に恥ずかしいことじゃないしね」
そう言いながら、白取は多口の頬や首筋に軽いキスを繰り返す。
「……っ、ん……」
こらえていても小さく声が漏れてしまう。
「どうする愚っ痴ー。僕はしたくてたまんないんだよね」
率直に誘ってくる白取の低い声に多口はぞくりとした。
唇が触れるたびに少しずつ多口の体に灯が点っていき、追い詰められていく。
とうとう多口はこらえきれず、白取の無精髭の頬に口づけ、そのまま耳元まで唇を滑らせた。
「あの、してください……。したい、です」続き10行
そばにいながらおあずけを食らわせる残酷さも理解していた。
だから、職場での一件については、白取にストレスを与えてしまっているのだなと彼なりに反省していた。
だが、肉体への負担も大きかったし、あまりに強い快感に我を忘れることが恥ずかしかった。
そんな自分勝手な理由で白取の接触を避けておきながら、
自分がしたいからといって反故にするのはいくらなんでも……と躊躇してしまう。
「今さらしたいなんて言えないなあ…ってとこ?」
ハッとして多口が白取に視線を向けると、白取はシニカルに笑いながらも、
その瞳に強い欲望を宿していた。
「愚っ痴ーがしたくないんなら僕はやめるけど。
したいんだったらしようよ。パートナーとセックスしたいって思うことは、
別に恥ずかしいことじゃないしね」
そう言いながら、白取は多口の頬や首筋に軽いキスを繰り返す。
「……っ、ん……」
こらえていても小さく声が漏れてしまう。
「どうする愚っ痴ー。僕はしたくてたまんないんだよね」
率直に誘ってくる白取の低い声に多口はぞくりとした。
唇が触れるたびに少しずつ多口の体に灯が点っていき、追い詰められていく。
とうとう多口はこらえきれず、白取の無精髭の頬に口づけ、そのまま耳元まで唇を滑らせた。
「あの、してください……。したい、です」続き10行
「あ、あの、白取さん……」
息を乱しながら、多口は白取に呼びかける。
「ん?どしたの愚っ痴ー」
白取が視線をあげると、目元を薄赤く染めた多口と目があった。
「あの、今日は、僕にやらせてくれませんか」
「えっ、愚っ痴ー僕を抱きたいの?大胆だねえ」
「ちっ、違いますっ!」
言い返しながらゆっくり身を起こそうとする。
「初めてのときも昨日も、白取さん、すごくよくしてくれたから。
お返しってわけでもないんですけど、
やっぱりこういうのって一方的なのはよくないんじゃないかなって」
「……ほんっとに律儀だねえ愚っ痴ーは」
白取は感心とも呆れともつかない調子でため息をついた。
「別に愚っ痴ーは気にしなくていいのに。僕がしたいからそうしてるだけなんだし。
僕は充〜分気持ちいいんだけど」
それは事実だった。相手の様子を見ながら抱くのはまどろっこしくて本来嫌いなほうだが、
相手が多口となると話は別だった。不慣れな多口が愛撫の一つ一つに反応し、
徐々に羞恥を脱ぎ捨てて快楽に溶けていくのは見ていて飽きないし、
柄にもなく大切に触れたいと思っている相手だからこそ、
一歩一歩進むようなセックスでも白取は存分に愉しんでいたのだった。続き18行
息を乱しながら、多口は白取に呼びかける。
「ん?どしたの愚っ痴ー」
白取が視線をあげると、目元を薄赤く染めた多口と目があった。
「あの、今日は、僕にやらせてくれませんか」
「えっ、愚っ痴ー僕を抱きたいの?大胆だねえ」
「ちっ、違いますっ!」
言い返しながらゆっくり身を起こそうとする。
「初めてのときも昨日も、白取さん、すごくよくしてくれたから。
お返しってわけでもないんですけど、
やっぱりこういうのって一方的なのはよくないんじゃないかなって」
「……ほんっとに律儀だねえ愚っ痴ーは」
白取は感心とも呆れともつかない調子でため息をついた。
「別に愚っ痴ーは気にしなくていいのに。僕がしたいからそうしてるだけなんだし。
僕は充〜分気持ちいいんだけど」
それは事実だった。相手の様子を見ながら抱くのはまどろっこしくて本来嫌いなほうだが、
相手が多口となると話は別だった。不慣れな多口が愛撫の一つ一つに反応し、
徐々に羞恥を脱ぎ捨てて快楽に溶けていくのは見ていて飽きないし、
柄にもなく大切に触れたいと思っている相手だからこそ、
一歩一歩進むようなセックスでも白取は存分に愉しんでいたのだった。続き18行
多口の視線は一点で止まっている。
すっかり形を変えている白取のそれに、わずかな躊躇のあと、そろりと手を伸ばした。
「いいよ愚っ痴ー」
遮るように言いながら白取はゆっくり身を起こした。
「白取さん……」
「さすがに抵抗あるでしょ。今日はこれで充分だから」
「…すみません」
「謝んなくてもいいよ。ちゃんと気持ちよかったしね」
白取は揃えた指の背で多口の頬を撫でた。
(……僕らしくないなあ)
多口といると、滅多に使わない回路がフル稼働する。
それが楽しくて仕方ないのだから、相当このちっちゃい医者に参っているんだろうなと自分で呆れた。
「ほんとですか?」
不安そうな多口に、白取は自分の下腹部を指さした。
「だからこうなっちゃってるんじゃない」
はあ……と気の抜けた返事をする多口を白取は抱き寄せた。
わずかに顔を近づけると、多口は吸い寄せられるように白取の口にキスをする。
おずおずと侵入してくる舌を、白取は挨拶するように迎え入れて絡めた。
「あっ、あ、うっ、ん……」続き13行
すっかり形を変えている白取のそれに、わずかな躊躇のあと、そろりと手を伸ばした。
「いいよ愚っ痴ー」
遮るように言いながら白取はゆっくり身を起こした。
「白取さん……」
「さすがに抵抗あるでしょ。今日はこれで充分だから」
「…すみません」
「謝んなくてもいいよ。ちゃんと気持ちよかったしね」
白取は揃えた指の背で多口の頬を撫でた。
(……僕らしくないなあ)
多口といると、滅多に使わない回路がフル稼働する。
それが楽しくて仕方ないのだから、相当このちっちゃい医者に参っているんだろうなと自分で呆れた。
「ほんとですか?」
不安そうな多口に、白取は自分の下腹部を指さした。
「だからこうなっちゃってるんじゃない」
はあ……と気の抜けた返事をする多口を白取は抱き寄せた。
わずかに顔を近づけると、多口は吸い寄せられるように白取の口にキスをする。
おずおずと侵入してくる舌を、白取は挨拶するように迎え入れて絡めた。
「あっ、あ、うっ、ん……」続き13行
「どうしよっか、愚っ痴ー」
耳に口をつけたまま白取がそう囁くと、多口は荒い息で何が?と尋ねた。
「今日しちゃったから、2ヶ月はできないよね」
少し意地悪くボソボソと言うと、多口は潤んだ眼差しを白取に向けた。
「2ヶ月我慢できそう?」
「え……?」
言葉の意味がまだ理解できないらしく、多口は上気した顔で白取の目を見ていた。
「だから、2ヶ月しなくても大丈夫って聞いてんの」
そう言うと多口の細い腰を男性的な大きい手で掴み、ゆっくり回しながら突き上げてみた。
「ああっ、それ、やですっ、やだっ……」
途端に喘ぎをこぼし、たまりかねて多口は白取にしがみついた。
そうしながら自分でも快感を拾い集めるように腰をうねらせ、いっそう激しく腹に性器をすり付けてくる。
「うわ、愚っ痴ーやらしー」
多口は白取のからかいに貪欲な自分の体を恥ずかしく思った。
しかしそれがなぜかゾクゾクするほど気持ちよく、歯止めが利かなくなっていく。
「あ……、やだ、そんなのやだ……」
多口はうわ言を思わせる口調でまるでねだるように言い募った。
「月、イチなんて、いや、いやです……」
もう自分でも何を言っているのかわからず、ただ白取にすがり付いてしまう。
それを聞いた白取は実に嬉しそうに笑った。続き14行
耳に口をつけたまま白取がそう囁くと、多口は荒い息で何が?と尋ねた。
「今日しちゃったから、2ヶ月はできないよね」
少し意地悪くボソボソと言うと、多口は潤んだ眼差しを白取に向けた。
「2ヶ月我慢できそう?」
「え……?」
言葉の意味がまだ理解できないらしく、多口は上気した顔で白取の目を見ていた。
「だから、2ヶ月しなくても大丈夫って聞いてんの」
そう言うと多口の細い腰を男性的な大きい手で掴み、ゆっくり回しながら突き上げてみた。
「ああっ、それ、やですっ、やだっ……」
途端に喘ぎをこぼし、たまりかねて多口は白取にしがみついた。
そうしながら自分でも快感を拾い集めるように腰をうねらせ、いっそう激しく腹に性器をすり付けてくる。
「うわ、愚っ痴ーやらしー」
多口は白取のからかいに貪欲な自分の体を恥ずかしく思った。
しかしそれがなぜかゾクゾクするほど気持ちよく、歯止めが利かなくなっていく。
「あ……、やだ、そんなのやだ……」
多口はうわ言を思わせる口調でまるでねだるように言い募った。
「月、イチなんて、いや、いやです……」
もう自分でも何を言っているのかわからず、ただ白取にすがり付いてしまう。
それを聞いた白取は実に嬉しそうに笑った。続き14行
多口はぐったり白取に体を預け、肩に顔を伏せたまま荒い呼吸を繰り返していた。
白取はゆっくりと多口の後頭部を撫でている。
「お疲れさん、愚っ痴ー」
色気に欠けるそんな呼び掛けに、多口はやっとの思いで顔をあげた。
「お疲れ様です…」
律儀にそう返事をすると、またくたりと顔を伏せてしまった。
「あのさ愚っ痴ー、そろそろ抜いてくれない?入ったまんまだともう一回しちゃいそうなんだけど」
白取がそう言うと、多口はえっ、と小さく叫びすぐさま腰をあげた。
「そんなに嫌なのー?」
白取がわざと不服そうにしてみせると、多口はキッと白取を見返した。
「嫌に決まってるじゃないですか。明日仕事にならなくなります」
それはもう、いつもの白取にだけ勝ち気な多口であった。
(さっきまでとろけるような顔してたくせに)
白取は少々不満に思ったが、補ってあまりあるほどに満たされていたのでなにも言わなかった。
「白取さん」
ベッドの中で向かい合い、多口は目を閉じている白取に呼び掛けた。
「んー?」
白取は目を開けずに返事をする。
「僕っていやらしいんでしょうか」続き21行
白取はゆっくりと多口の後頭部を撫でている。
「お疲れさん、愚っ痴ー」
色気に欠けるそんな呼び掛けに、多口はやっとの思いで顔をあげた。
「お疲れ様です…」
律儀にそう返事をすると、またくたりと顔を伏せてしまった。
「あのさ愚っ痴ー、そろそろ抜いてくれない?入ったまんまだともう一回しちゃいそうなんだけど」
白取がそう言うと、多口はえっ、と小さく叫びすぐさま腰をあげた。
「そんなに嫌なのー?」
白取がわざと不服そうにしてみせると、多口はキッと白取を見返した。
「嫌に決まってるじゃないですか。明日仕事にならなくなります」
それはもう、いつもの白取にだけ勝ち気な多口であった。
(さっきまでとろけるような顔してたくせに)
白取は少々不満に思ったが、補ってあまりあるほどに満たされていたのでなにも言わなかった。
「白取さん」
ベッドの中で向かい合い、多口は目を閉じている白取に呼び掛けた。
「んー?」
白取は目を開けずに返事をする。
「僕っていやらしいんでしょうか」続き21行
役人愚痴。「ただ好きなだけ」の続きです。
エロなしキスあり。ただいちゃついてます。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ドタッ。
寝静まった白取宅の寝室に落下音が鈍く響いた。ややあって、うう…と小さな呻き声。
多口は自分に何が起きたのか一瞬理解できず、その場で瞬きを繰り返した。
視界に入るのはなぜか床のカーペット。
そこでようやく、自分がベッドから転げ落ちたのだと悟った。
(うわあ、恥ずかしいなあ……)
多口は慌てて起き上がろうとしたが、何かに気付いたように静止した。
(白取さん……)
眠りが浅く、気配に敏感な白取のことだ。きっと多口が落ちたことで目を覚ましたに違いない。
あの意地悪な笑顔でさんざんからかわれるかと思うと、朝までここにいようかとさえ思った。
多口はなるべく静かにゆっくりと身を起こし、そっとベッドを窺った。
多口の目に飛び込んできたのは、ニヤアッと笑った白取……ではなかった。
「え」
思わず声が出てしまい、多口は自分で自分の口を押さえた。続き15行
エロなしキスあり。ただいちゃついてます。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
ドタッ。
寝静まった白取宅の寝室に落下音が鈍く響いた。ややあって、うう…と小さな呻き声。
多口は自分に何が起きたのか一瞬理解できず、その場で瞬きを繰り返した。
視界に入るのはなぜか床のカーペット。
そこでようやく、自分がベッドから転げ落ちたのだと悟った。
(うわあ、恥ずかしいなあ……)
多口は慌てて起き上がろうとしたが、何かに気付いたように静止した。
(白取さん……)
眠りが浅く、気配に敏感な白取のことだ。きっと多口が落ちたことで目を覚ましたに違いない。
あの意地悪な笑顔でさんざんからかわれるかと思うと、朝までここにいようかとさえ思った。
多口はなるべく静かにゆっくりと身を起こし、そっとベッドを窺った。
多口の目に飛び込んできたのは、ニヤアッと笑った白取……ではなかった。
「え」
思わず声が出てしまい、多口は自分で自分の口を押さえた。続き15行
もちろん、そんな気持ちを打ち明けてしまえばどんなからかいが待ってるかわからないので、
多口は絶対に伝えるつもりはなかった。
「せめて僕といるときだけは、ラクにしてくださいね。
ちょっとなら、わがままも聞きますから」
小さな小さな声でそう言うと、白取の頬にそっとキスをして多口は眠りについた。
翌朝。眠い目をこすりながら多口は少し早起きをし、朝食の準備にとりかかる。
本当は炊きたてご飯と味噌汁のよさを味わってもらいたいのだが、
白取宅には炊飯器がないため断念した。
ひき肉たっぷりのオムレツと、ハム多めのハムサラダを作っていると、白取が起きてきた。
「おはよう愚っ痴ー。何、朝ごはん作ってんの?」
「おはようございます。朝はちゃんと食べないと体に毒ですから」
白取は椅子に座ると新聞を読み始めた。その様子はどこか機嫌がよさそうである。
「白取さん、なんだか上機嫌ですね」
「うん、まあねー」
新聞から顔をあげずに答える声も心なしか弾んでいた。
白取が楽しそうだと多口も嬉しい。二日連続の情事に肉体的には疲労していたが、
コーヒーを淹れるのもはかどるような思いがした。
多口のサラダボウルからハムをすべて奪われ野菜を押し付けられるなどで小競り合いはあったものの、続き13行
多口は絶対に伝えるつもりはなかった。
「せめて僕といるときだけは、ラクにしてくださいね。
ちょっとなら、わがままも聞きますから」
小さな小さな声でそう言うと、白取の頬にそっとキスをして多口は眠りについた。
翌朝。眠い目をこすりながら多口は少し早起きをし、朝食の準備にとりかかる。
本当は炊きたてご飯と味噌汁のよさを味わってもらいたいのだが、
白取宅には炊飯器がないため断念した。
ひき肉たっぷりのオムレツと、ハム多めのハムサラダを作っていると、白取が起きてきた。
「おはよう愚っ痴ー。何、朝ごはん作ってんの?」
「おはようございます。朝はちゃんと食べないと体に毒ですから」
白取は椅子に座ると新聞を読み始めた。その様子はどこか機嫌がよさそうである。
「白取さん、なんだか上機嫌ですね」
「うん、まあねー」
新聞から顔をあげずに答える声も心なしか弾んでいた。
白取が楽しそうだと多口も嬉しい。二日連続の情事に肉体的には疲労していたが、
コーヒーを淹れるのもはかどるような思いがした。
多口のサラダボウルからハムをすべて奪われ野菜を押し付けられるなどで小競り合いはあったものの、続き13行
節の高い長い指を操り淀みなく腕時計を身に付けると、白取は多口に向き直った。
「さ、愚っ痴ー」
白取が自信に満ちた様子で腕を広げて言い放つ。
「……?何ですか?」
多口がキョトンとすると、白取ががっかりした様子で、もう!と不満を漏らす。
「僕がこうしたら一つしかないでしょ。行ってきます&行ってらっしゃいのキスに決まってるじゃない!」
「キ、キス!?」
多口が面食らっても気にも留めず、また白取は腕を広げて多口を促した。
「ほーら、早く」
「そんなことできるわけないでしょう!」
多口が顔を赤くして拒否すると、白取はニヤニヤし始めた。
「あっれー、ちょっとならわがままも聞いてくれるんじゃなかったの?」
「…………!」
白取の言葉に多口の目がゆっくり見開かれていく。
「……起きてたんですか?」
白取はさあねーととぼけているが、今にも口笛でも吹き出しそうな楽しげな顔をしている。
(朝から機嫌がよかったのはそのせいだったんだ)
自分に有利な情報は絶対聞き漏らさない白取の抜け目なさに、多口は今更ながら舌を巻いた。
「何してんの。もし僕が遅刻したら正直に言っちゃうけどいいの?」
「何をですか?」続き12行
「さ、愚っ痴ー」
白取が自信に満ちた様子で腕を広げて言い放つ。
「……?何ですか?」
多口がキョトンとすると、白取ががっかりした様子で、もう!と不満を漏らす。
「僕がこうしたら一つしかないでしょ。行ってきます&行ってらっしゃいのキスに決まってるじゃない!」
「キ、キス!?」
多口が面食らっても気にも留めず、また白取は腕を広げて多口を促した。
「ほーら、早く」
「そんなことできるわけないでしょう!」
多口が顔を赤くして拒否すると、白取はニヤニヤし始めた。
「あっれー、ちょっとならわがままも聞いてくれるんじゃなかったの?」
「…………!」
白取の言葉に多口の目がゆっくり見開かれていく。
「……起きてたんですか?」
白取はさあねーととぼけているが、今にも口笛でも吹き出しそうな楽しげな顔をしている。
(朝から機嫌がよかったのはそのせいだったんだ)
自分に有利な情報は絶対聞き漏らさない白取の抜け目なさに、多口は今更ながら舌を巻いた。
「何してんの。もし僕が遅刻したら正直に言っちゃうけどいいの?」
「何をですか?」続き12行
(それにしても、白取さんはいつから起きてたんだろう)
キスのあと、多口はぼんやり考える。もしベッドからの落下に気づいていたら、
絶対にその事を持ち出すだろう。白取はからかえる材料を見逃す男ではない。
(……じゃあ、ベッドで僕を探してたのは、芝居じゃなかったってことかな)
気恥ずかしい思いでつらつらと考えていると、白取がふいに多口を呼んだ。
「愚っ痴ー、ちょっと手ぇ出して」
「……またメモにしないでくださいよ」
「するわけないじゃん。ほら早く」
白取は笑いながら多口を急かした。多口がおずおずと手を出すと、
ポトリと何かを落とした。多口はそれをじっと見る。
「……鍵、ですか?」
「そ。この部屋の鍵」
「何でですか?僕がこれ持ってっちゃったら白取さん家に入れませんよ?」
「あのさあ愚っ痴ー。世の中には合鍵ってもんがあるのを知らないの?」
心底呆れた白取に多口が目を見開く。
「合鍵、合鍵って……!」
うろたえる多口に、白取は何でもないように続ける。
「今のままだと愚っ痴ーは僕より早いか同時に出なきゃいけないでしょ?
それに先に来て待つこともできないし。だから持っててそれ。
そしたら愚っ痴ーのタイミングで出入りできるじゃない」続き14行
キスのあと、多口はぼんやり考える。もしベッドからの落下に気づいていたら、
絶対にその事を持ち出すだろう。白取はからかえる材料を見逃す男ではない。
(……じゃあ、ベッドで僕を探してたのは、芝居じゃなかったってことかな)
気恥ずかしい思いでつらつらと考えていると、白取がふいに多口を呼んだ。
「愚っ痴ー、ちょっと手ぇ出して」
「……またメモにしないでくださいよ」
「するわけないじゃん。ほら早く」
白取は笑いながら多口を急かした。多口がおずおずと手を出すと、
ポトリと何かを落とした。多口はそれをじっと見る。
「……鍵、ですか?」
「そ。この部屋の鍵」
「何でですか?僕がこれ持ってっちゃったら白取さん家に入れませんよ?」
「あのさあ愚っ痴ー。世の中には合鍵ってもんがあるのを知らないの?」
心底呆れた白取に多口が目を見開く。
「合鍵、合鍵って……!」
うろたえる多口に、白取は何でもないように続ける。
「今のままだと愚っ痴ーは僕より早いか同時に出なきゃいけないでしょ?
それに先に来て待つこともできないし。だから持っててそれ。
そしたら愚っ痴ーのタイミングで出入りできるじゃない」続き14行
(……何を言ってもムダだ)
多口は肩を抱かれたまま深いため息をついた。
確かに白取の言う通りなのだ。愛してしまったのだから仕方ない。
一生そばにいるのはこの人だと決めているのは事実なのだから。
「愚っ痴ー」
別れ際、白取が真面目な口調で切り出した。多口は視線で言葉を待つ。
「今はいいけど、この先ずっとこんな状態っていうのも、
あんまりよくないんじゃないかと思うんだよね」
遠くを見ながら話す白取の話が見えず、多口は不安げに首をかしげた。
「ねえ愚っ痴ー」
多口に視線を向けて、常になく優しく名を呼ぶ。
白取の真摯なまなざしを多口はまっすぐに受け止めた。
「何ですか?」
白取を信じきっている曇りのない瞳に、
ああ、やっぱりこの目が好きだと白取はしみじみと思った。
「いつか、必ずけじめをつけるよ。おじいちゃんに殴られる覚悟もしてるから」
多口は一瞬だけぽかんとした顔になり、直後に今まで見たことのない笑みを浮かべた。
それは身のうちに沸き上がる幸せが花となって咲き誇るような、
柔らかく魅力的で、どこか艶を感じさせる微笑みだった。続き22行
多口は肩を抱かれたまま深いため息をついた。
確かに白取の言う通りなのだ。愛してしまったのだから仕方ない。
一生そばにいるのはこの人だと決めているのは事実なのだから。
「愚っ痴ー」
別れ際、白取が真面目な口調で切り出した。多口は視線で言葉を待つ。
「今はいいけど、この先ずっとこんな状態っていうのも、
あんまりよくないんじゃないかと思うんだよね」
遠くを見ながら話す白取の話が見えず、多口は不安げに首をかしげた。
「ねえ愚っ痴ー」
多口に視線を向けて、常になく優しく名を呼ぶ。
白取の真摯なまなざしを多口はまっすぐに受け止めた。
「何ですか?」
白取を信じきっている曇りのない瞳に、
ああ、やっぱりこの目が好きだと白取はしみじみと思った。
「いつか、必ずけじめをつけるよ。おじいちゃんに殴られる覚悟もしてるから」
多口は一瞬だけぽかんとした顔になり、直後に今まで見たことのない笑みを浮かべた。
それは身のうちに沸き上がる幸せが花となって咲き誇るような、
柔らかく魅力的で、どこか艶を感じさせる微笑みだった。続き22行
兎+島。ちょっと白口。卜゙ラマ後のif
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ジサクジエンガ オオクリシマース!
全てを話し、傷が癒えた兎見を待っていたのは想定外の処分だった。自死幇助の件は情状酌量の余地もある、として執行猶予となり、過去の自白は全てが「無かったこと」にされたのだ――証拠不十分、検証不能を繰り返された上、兎見本人が有り得ないと思う精神分析診断書まで乗せられて。
どれだけ己の有罪性を訴えても聞き入れられないという現実を兎見が受け入れたのは、警冊庁から放り出されたからだった。
受け入れるしか、なかったからだった。
これからどうすれば、と呆然としていた兎見に先ず道を示唆したのは、斑九鳥だった。
警冊OBの多い調査警備会社への紹介や官舎からアパートへの引越手続き、保護司との面談打ち合わせに加え、田□の愁訴外来へも通えと言われ、兎見は唖然とする。
貴方は親ですか、と失調した声で問うた兎見に、斑九鳥は苦笑した。だったら保護司は不要になったかもな、と呟かれ、兎見は自然に頭を下げる。
護られている。そう感じた兎見は、田□との再会で同じことを思った。
二人は、兎見を無罪とは言わなかった。期間中に将来を考えろ、と斑九鳥は告げ、貴方にしか出来ない償い方を探しましょう、と田□は語る。
慣れない現場で働きつつ、兎見は考え続けた。
好意と善意で包まれた現状が、暖かすぎて息苦しくなる、と酷いことを感じるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
続き15行
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ジサクジエンガ オオクリシマース!
全てを話し、傷が癒えた兎見を待っていたのは想定外の処分だった。自死幇助の件は情状酌量の余地もある、として執行猶予となり、過去の自白は全てが「無かったこと」にされたのだ――証拠不十分、検証不能を繰り返された上、兎見本人が有り得ないと思う精神分析診断書まで乗せられて。
どれだけ己の有罪性を訴えても聞き入れられないという現実を兎見が受け入れたのは、警冊庁から放り出されたからだった。
受け入れるしか、なかったからだった。
これからどうすれば、と呆然としていた兎見に先ず道を示唆したのは、斑九鳥だった。
警冊OBの多い調査警備会社への紹介や官舎からアパートへの引越手続き、保護司との面談打ち合わせに加え、田□の愁訴外来へも通えと言われ、兎見は唖然とする。
貴方は親ですか、と失調した声で問うた兎見に、斑九鳥は苦笑した。だったら保護司は不要になったかもな、と呟かれ、兎見は自然に頭を下げる。
護られている。そう感じた兎見は、田□との再会で同じことを思った。
二人は、兎見を無罪とは言わなかった。期間中に将来を考えろ、と斑九鳥は告げ、貴方にしか出来ない償い方を探しましょう、と田□は語る。
慣れない現場で働きつつ、兎見は考え続けた。
好意と善意で包まれた現状が、暖かすぎて息苦しくなる、と酷いことを感じるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
続き15行
何故オレの前に顔を出した、との嶋津の質問に、兎見は目を伏せた。
終夜営業の喫茶店に向かう途中、自分の前を行く嶋津の後ろ姿すら直視できず、足を止める。
「おい」
気付き、振り返った嶋津の膝から下を視界に入れて、兎見は口ごもった。
「……上手く、言えないのですが」
コートのポケットの中で、兎見は拳を握る。明文化できない感情を言葉にしていく難しさは、田□の外来で経験していた。しかも今は、ゆっくりでいいと微笑む小さな先生相手ではなく。
「いいからとっとと言え」
警察嫌いの、偏屈な画像マニアだ。
「驚くと思いますが」
「暗がりからいきなりお前が出て来た時に、十分驚いたわ」
「そうですか。では」
がりがりと癖のある長めの髪を掻く嶋津に、兎見は目線を上げながら告白した。
「優しくされたくなくて、誰かに罵られたくて貴方に会いに来ました」
がしゃん、と歩道脇の工事区間看板にぶつかり、書類鞄を落としながらひっくり返った嶋津に、兎見は慌てて駆け寄り、手を伸ばす。
締め上げたいつかの夏の日とは違い、助け起こそうとして。
「……なっ、おまっ、え」
「大丈夫ですか」
「お前の頭が大丈夫かっ!!」
「はい」続き17行
終夜営業の喫茶店に向かう途中、自分の前を行く嶋津の後ろ姿すら直視できず、足を止める。
「おい」
気付き、振り返った嶋津の膝から下を視界に入れて、兎見は口ごもった。
「……上手く、言えないのですが」
コートのポケットの中で、兎見は拳を握る。明文化できない感情を言葉にしていく難しさは、田□の外来で経験していた。しかも今は、ゆっくりでいいと微笑む小さな先生相手ではなく。
「いいからとっとと言え」
警察嫌いの、偏屈な画像マニアだ。
「驚くと思いますが」
「暗がりからいきなりお前が出て来た時に、十分驚いたわ」
「そうですか。では」
がりがりと癖のある長めの髪を掻く嶋津に、兎見は目線を上げながら告白した。
「優しくされたくなくて、誰かに罵られたくて貴方に会いに来ました」
がしゃん、と歩道脇の工事区間看板にぶつかり、書類鞄を落としながらひっくり返った嶋津に、兎見は慌てて駆け寄り、手を伸ばす。
締め上げたいつかの夏の日とは違い、助け起こそうとして。
「……なっ、おまっ、え」
「大丈夫ですか」
「お前の頭が大丈夫かっ!!」
「はい」続き17行
「許されてはいません。執行猶予は有罪ですから」
「そっちはな。他にもあるんだろ」
詳しくは知らんが、と零す嶋津に兎見は口を開きかけたが。
「――外で言うな」
掌を向けた嶋津に制されて言葉を飲み込み、思い出したように冷め切ったブレンドのカップに指を掛ける。
「まあオレも、もう恨みはないがやっぱり警冊は好きじゃないからな」
皆には言えないが、そう簡単に全部は許せないのが本音だ。小声で呟いた嶋津に、兎見は頷いた。
「いきなりで、申し訳ありません」
「いやまあ、明日は休みで予定もないし……お前、時間あるか?」
「はい」
「ならウチで話せ。知らなきゃ分からん」
兎見がカップを干すのを待たず、嶋津がレシートを摘んで席を立つ。払います、と財布を出そうとする兎見の手は、なら晩飯奢れ、と小さく笑った嶋津の表情に動きを止められた。
コンビニ弁当を肴に、ペットボトルの茶を傾けながらのおかしな会談は、嶋津に切り捨てられて強制終了になる。
「……で、お前は何処にいるんだ?」
「は?」
愁訴外来受診日よりも喋ったかもしれない、と喉を摩っていた兎見は、その問いに瞬きをした。
「お前が利用されて、疑問を持たずにそれに乗ってたのは分かった。で、お前自身の意志や判断は」続き13行
「そっちはな。他にもあるんだろ」
詳しくは知らんが、と零す嶋津に兎見は口を開きかけたが。
「――外で言うな」
掌を向けた嶋津に制されて言葉を飲み込み、思い出したように冷め切ったブレンドのカップに指を掛ける。
「まあオレも、もう恨みはないがやっぱり警冊は好きじゃないからな」
皆には言えないが、そう簡単に全部は許せないのが本音だ。小声で呟いた嶋津に、兎見は頷いた。
「いきなりで、申し訳ありません」
「いやまあ、明日は休みで予定もないし……お前、時間あるか?」
「はい」
「ならウチで話せ。知らなきゃ分からん」
兎見がカップを干すのを待たず、嶋津がレシートを摘んで席を立つ。払います、と財布を出そうとする兎見の手は、なら晩飯奢れ、と小さく笑った嶋津の表情に動きを止められた。
コンビニ弁当を肴に、ペットボトルの茶を傾けながらのおかしな会談は、嶋津に切り捨てられて強制終了になる。
「……で、お前は何処にいるんだ?」
「は?」
愁訴外来受診日よりも喋ったかもしれない、と喉を摩っていた兎見は、その問いに瞬きをした。
「お前が利用されて、疑問を持たずにそれに乗ってたのは分かった。で、お前自身の意志や判断は」続き13行
元警冊官の癖にフワフワしてんじゃねえ、と口を尖らす嶋津に、そんな形容ははじめてだと兎見は目を円くした。
「……今晩は」
「ひとんちの玄関先で三角座りすんなって言ってんだろ」
「今日は足が疲れてるんです」
真冬の再会劇から数ヶ月。公園での待ち伏せは職務質問に会うから、と嶋津のマンションに不定期に現れる兎見は、いつの間にか食材が入ったスーパーの買物袋を携えるようになった。
湯沸かしポットと電子レンジと冷蔵庫で生きて行ける、と主張する嶋津を論破した兎見の、彼なりの「自己主張」で「自己判断」。そう気付いている嶋津は、兎見の勝手を制せない。
なにもない台所に鍋や調理器具が揃ったのは、比較的最近のことだ。
ええい欝陶しい、と合鍵を押し付けた嶋津と、少しだけ目を細めて受け取った兎見は、軽口を叩きながらドアを潜る。
「明日休みか」
「はい」
「なら呑むか」
田□との会話で探り当てていく、罪の意識との付き合い方。斑九鳥や保護司とのやり取りで気付く、自分の償い方と未来。
「はい」
それを伝えながら、大分固まってきていないか、貴方はいつ、俺を否定してくれるのかと嶋津に尋ねる時間。自分を突き放さて欲しい相手に依存していく自覚もないままに。
「ビールと酎ハイとワインがあったっけなあ。缶のやっすいやつ」
「……ワイン以外で」
兎見は、微かに笑う。続き8行
「……今晩は」
「ひとんちの玄関先で三角座りすんなって言ってんだろ」
「今日は足が疲れてるんです」
真冬の再会劇から数ヶ月。公園での待ち伏せは職務質問に会うから、と嶋津のマンションに不定期に現れる兎見は、いつの間にか食材が入ったスーパーの買物袋を携えるようになった。
湯沸かしポットと電子レンジと冷蔵庫で生きて行ける、と主張する嶋津を論破した兎見の、彼なりの「自己主張」で「自己判断」。そう気付いている嶋津は、兎見の勝手を制せない。
なにもない台所に鍋や調理器具が揃ったのは、比較的最近のことだ。
ええい欝陶しい、と合鍵を押し付けた嶋津と、少しだけ目を細めて受け取った兎見は、軽口を叩きながらドアを潜る。
「明日休みか」
「はい」
「なら呑むか」
田□との会話で探り当てていく、罪の意識との付き合い方。斑九鳥や保護司とのやり取りで気付く、自分の償い方と未来。
「はい」
それを伝えながら、大分固まってきていないか、貴方はいつ、俺を否定してくれるのかと嶋津に尋ねる時間。自分を突き放さて欲しい相手に依存していく自覚もないままに。
「ビールと酎ハイとワインがあったっけなあ。缶のやっすいやつ」
「……ワイン以外で」
兎見は、微かに笑う。続き8行
北に行ってからの速(→←)長。スタートラインに立った二人
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ジサクジエンガ オオクリシマース!
「……っ」
通勤ではなく通院受診の為に、救急科とは別棟の血液内科に向かった速見は、待ち合いスペース端のソファに体を投げ出すようにして座り込んだ。
投薬と放射線治療、分析診断と勤務日程を定期的に繰り返すようになってから同時に出現し、もはや慣れてしまった倦怠感。経過は順調で、寛解に向かい処置全般が軽減していても尚――速見を完全には解放してくれない感覚。
ああ、かったるい。
初期のように思考が纏まらなくなることは流石になくなったが、と相変わらずの全身の重さに速見は溜め息をつく。健康体の有り難みをしみじみと噛み締め、だがどうにもならない副作用に苛立ちも覚える。
――こんな窶れっぷりや足掻きっぷり、あいつらには見せられねえな。
そう気取ってみたところで、昏倒して搬送され、拒絶反応でショック状態に陥った姿を見せてきた過去は消えないのだが。
「……あー」
苦笑し、目を閉じる。予約時間まで十五分、なにも考えずにいようと決めれば、速見は温い睡魔に纏わり付かれていった。
初対面の印象は、冷静そうなヤツ、だった。
あの眉や目の、切れ長の線からそう思ったが、それは半分当たって半分外れていた。続き8行
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「……っ」
通勤ではなく通院受診の為に、救急科とは別棟の血液内科に向かった速見は、待ち合いスペース端のソファに体を投げ出すようにして座り込んだ。
投薬と放射線治療、分析診断と勤務日程を定期的に繰り返すようになってから同時に出現し、もはや慣れてしまった倦怠感。経過は順調で、寛解に向かい処置全般が軽減していても尚――速見を完全には解放してくれない感覚。
ああ、かったるい。
初期のように思考が纏まらなくなることは流石になくなったが、と相変わらずの全身の重さに速見は溜め息をつく。健康体の有り難みをしみじみと噛み締め、だがどうにもならない副作用に苛立ちも覚える。
――こんな窶れっぷりや足掻きっぷり、あいつらには見せられねえな。
そう気取ってみたところで、昏倒して搬送され、拒絶反応でショック状態に陥った姿を見せてきた過去は消えないのだが。
「……あー」
苦笑し、目を閉じる。予約時間まで十五分、なにも考えずにいようと決めれば、速見は温い睡魔に纏わり付かれていった。
初対面の印象は、冷静そうなヤツ、だった。
あの眉や目の、切れ長の線からそう思ったが、それは半分当たって半分外れていた。続き8行
なにかおかしくない、か?
なんだこれは?
なんであいつの顔が今こんなに浮かぶんだ?
ああ畜生、夢か。夢だな。夢ならちょっとくらい笑えよ長谷河。俺は知っているんだからな、お前が笑ったら、目が綺麗な弧を描くとか歯が見えるとか。
くそ、だるい。重い。面倒臭い。ちょっとくらい思いやれ。笑えよ。βブ□ッカーのことで泣きそうなくらい落ち込むな。お前は俺に噛み付いて皆のガス抜き役やってりゃいいんだ。だから泣きそうな顔するな。馬鹿野郎。あんな恰好でソファから雪崩てんじゃねえ。顔も真っ白で、あの時俺は慌てすぎてテーブルの脚で臑打ったんだぞ。馬鹿野郎。馬鹿野郎が、もう脳外には戻りません、なんて、俺の顔を見て言え。
ああくそっ、なんでお前の辛そうな顔しか知らないんだ俺は。こんな時に、せめてお前が笑ってりゃ、少しは楽に――。
「速見さん」
受付から名を呼ばれ、速見は目を開ける。寝ていたのか、と軽く頭を振り、重い体を引きずって診察室のドアをノックした。
寝ていたにしては、楽になれていない。妙に胸が詰まっている感覚があるが、狭心症や気胸や気管狭窄の症状とは違う、と速見は思った。
これは、なんなんだ。
覚えていないが、余程夢見が悪かったのか。思索が面倒臭くなってそう決めると、速見は首元に手を宛てる。
続き9行
なんだこれは?
なんであいつの顔が今こんなに浮かぶんだ?
ああ畜生、夢か。夢だな。夢ならちょっとくらい笑えよ長谷河。俺は知っているんだからな、お前が笑ったら、目が綺麗な弧を描くとか歯が見えるとか。
くそ、だるい。重い。面倒臭い。ちょっとくらい思いやれ。笑えよ。βブ□ッカーのことで泣きそうなくらい落ち込むな。お前は俺に噛み付いて皆のガス抜き役やってりゃいいんだ。だから泣きそうな顔するな。馬鹿野郎。あんな恰好でソファから雪崩てんじゃねえ。顔も真っ白で、あの時俺は慌てすぎてテーブルの脚で臑打ったんだぞ。馬鹿野郎。馬鹿野郎が、もう脳外には戻りません、なんて、俺の顔を見て言え。
ああくそっ、なんでお前の辛そうな顔しか知らないんだ俺は。こんな時に、せめてお前が笑ってりゃ、少しは楽に――。
「速見さん」
受付から名を呼ばれ、速見は目を開ける。寝ていたのか、と軽く頭を振り、重い体を引きずって診察室のドアをノックした。
寝ていたにしては、楽になれていない。妙に胸が詰まっている感覚があるが、狭心症や気胸や気管狭窄の症状とは違う、と速見は思った。
これは、なんなんだ。
覚えていないが、余程夢見が悪かったのか。思索が面倒臭くなってそう決めると、速見は首元に手を宛てる。
続き9行
あんなに反発し合ってたのにですか、と元検修医が驚けば、ジェネラノレを伝説でしか知らない新しい検修医も首を傾げる。
東上医大を離れて一年以上経つからなあ、と佐東たちが二人の軋轢や確執をかい摘まんで説明すれば、その検修医は暫く考え込むと、なんだかんだで長谷河先生は速見先生を頼ってたんですね、と結論付けた。
それを言うなら究命全員そうだったな、と佐東が笑った。
本音を口にも顔にも出さない速見が、屈折した態度で無自覚に長谷河を気遣っていたこと。
羨望と矜持が入り混じっての反発の中、知らず護られていることに気付いていた長谷河が、ようやく寂しさを自覚したこと。
それは、本人たちより周囲が先に知る。
翌年、夏の終わりに再会した二人は、互いを見るなり挙動不審になった。
目線を合わせず、距離を置き、だが相手に気付かれないように見遣り、互いの呼び掛けに顕著に反応する。
以前とは違う緊張感を微笑ましく見守っていた究命センターの空気を破壊したのは、∧iセンターに顔を出した某公労省のお役人様だった。
「うわなに速見、今更両片思い?」
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・)イジョウ、ジサクジエンデシタ!
東上医大を離れて一年以上経つからなあ、と佐東たちが二人の軋轢や確執をかい摘まんで説明すれば、その検修医は暫く考え込むと、なんだかんだで長谷河先生は速見先生を頼ってたんですね、と結論付けた。
それを言うなら究命全員そうだったな、と佐東が笑った。
本音を口にも顔にも出さない速見が、屈折した態度で無自覚に長谷河を気遣っていたこと。
羨望と矜持が入り混じっての反発の中、知らず護られていることに気付いていた長谷河が、ようやく寂しさを自覚したこと。
それは、本人たちより周囲が先に知る。
翌年、夏の終わりに再会した二人は、互いを見るなり挙動不審になった。
目線を合わせず、距離を置き、だが相手に気付かれないように見遣り、互いの呼び掛けに顕著に反応する。
以前とは違う緊張感を微笑ましく見守っていた究命センターの空気を破壊したのは、∧iセンターに顔を出した某公労省のお役人様だった。
「うわなに速見、今更両片思い?」
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・)イジョウ、ジサクジエンデシタ!
『春はもう目の前』からちょっとあとの二人。ていうかもう夏ですね。
役人癒されるの巻。後半めちゃぬるいエロ描写あります。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
(疲れた……)
白取は深いため息をつき、椅子の上でうなだれた。
会議に次ぐ会議、そしてイレギュラー的に入る監査。当然通常業務もあり、
阿呆で間抜けな部下を叱咤する日々に白取は疲弊しきっていた。
もちろん今が際立って忙しい訳ではないが、自己管理だけでは対処できない疲労が、
少しずつ自分の中に蓄積しているのをまざまざと感じる。
「トシかねえ……」
そう呟いてはみたものの、原因はそこにないことは十分承知していた。
仕事に忙殺され、ここしばらく小さな恋人に会えていないのだ。
電話やメールでのやり取りはそれなりに頻繁にしてはいたが、
直接会えないのはやはりじわじわ堪える。
彼の恋人は気を遣う性格で、合鍵を渡しているのに自主的に来ることはない。
今は夜遅く、周囲に人はいない。白取はデスクにベターっと体を倒し、
なかば無意識にスマートホンを操作した。
しばらくのコール音ののち、「はい」と彼の声がした。続き15行
役人癒されるの巻。後半めちゃぬるいエロ描写あります。
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(疲れた……)
白取は深いため息をつき、椅子の上でうなだれた。
会議に次ぐ会議、そしてイレギュラー的に入る監査。当然通常業務もあり、
阿呆で間抜けな部下を叱咤する日々に白取は疲弊しきっていた。
もちろん今が際立って忙しい訳ではないが、自己管理だけでは対処できない疲労が、
少しずつ自分の中に蓄積しているのをまざまざと感じる。
「トシかねえ……」
そう呟いてはみたものの、原因はそこにないことは十分承知していた。
仕事に忙殺され、ここしばらく小さな恋人に会えていないのだ。
電話やメールでのやり取りはそれなりに頻繁にしてはいたが、
直接会えないのはやはりじわじわ堪える。
彼の恋人は気を遣う性格で、合鍵を渡しているのに自主的に来ることはない。
今は夜遅く、周囲に人はいない。白取はデスクにベターっと体を倒し、
なかば無意識にスマートホンを操作した。
しばらくのコール音ののち、「はい」と彼の声がした。続き15行
土曜日。白取は何がなんでも休む態勢でいたが、部下の仕上げた書類があまりに穴だらけだったため、
金曜から泊まり込みでやり直しをさせるはめになってしまった。
その時の白取はまさに火の玉のような鬼気迫るオーラを放ち、
件の部下以外誰も近づけない状況であったことに白取自身は気付かなかった。
どうにか片付け、多口に一報いれたあと夕方に帰宅すると、玄関にはやや小さめな男物の靴が揃えてある。
そして人の気配と温もり、鼻腔をくすぐる匂いが白取を出迎えた。
「ただいまー……」
「お帰りなさい」
空色のエプロンをつけたちっちゃい恋人が現れた途端、
白取は薄暗がりから暖かな日だまりに出たような心安らぐ感覚になにも言えなくなった。
これが自分が心の奥で下らないと軽視していた小市民的な幸せなのだろうか……。
いや違う。見下していた訳じゃない。自分だってかつて一度はこういう暮らしを夢見たはずだ。
手に入らないから否定して、あのブドウは酸っぱいのだと自分に言い聞かせていただけだ。
本当はとても甘くて芳醇な香りの果実だと知っている。
だが、知っているのと口にできるのとは全然違うのだ。
黙ったまま自分を見つめている白取に多口は怪訝そうな顔をした。
「白取さん?どうかしましたか?」
その声を聞いた瞬間、白取はその場に鞄を投げ出して多口に抱きついた。
「わ、ちょっと、どうしたんですか白取さん!」続き7行
金曜から泊まり込みでやり直しをさせるはめになってしまった。
その時の白取はまさに火の玉のような鬼気迫るオーラを放ち、
件の部下以外誰も近づけない状況であったことに白取自身は気付かなかった。
どうにか片付け、多口に一報いれたあと夕方に帰宅すると、玄関にはやや小さめな男物の靴が揃えてある。
そして人の気配と温もり、鼻腔をくすぐる匂いが白取を出迎えた。
「ただいまー……」
「お帰りなさい」
空色のエプロンをつけたちっちゃい恋人が現れた途端、
白取は薄暗がりから暖かな日だまりに出たような心安らぐ感覚になにも言えなくなった。
これが自分が心の奥で下らないと軽視していた小市民的な幸せなのだろうか……。
いや違う。見下していた訳じゃない。自分だってかつて一度はこういう暮らしを夢見たはずだ。
手に入らないから否定して、あのブドウは酸っぱいのだと自分に言い聞かせていただけだ。
本当はとても甘くて芳醇な香りの果実だと知っている。
だが、知っているのと口にできるのとは全然違うのだ。
黙ったまま自分を見つめている白取に多口は怪訝そうな顔をした。
「白取さん?どうかしましたか?」
その声を聞いた瞬間、白取はその場に鞄を投げ出して多口に抱きついた。
「わ、ちょっと、どうしたんですか白取さん!」続き7行
「これ、愚っ痴ーが作ったの?」
テーブルに並んだ料理を眺めながら白取が感嘆の声をあげると、
当たり前じゃないですかと素っ気ない返事が返ってきた。
ひと風呂浴びてさっぱりしたところへ料理のお出迎えである。
メインはビーフシチュー。ソースは少なめでキューブ状の牛肉がごろごろ入っている。
見ただけで柔らかく煮込まれているとわかるそれが、誘うように湯気をたてていた。
そして大きな皿に、黒っぽい揚げたハンバーグのような、大振りの肉団子のようなものが乗っている。
「何これ。コフタみたいだけど」
席につきながらそれをしげしげ眺める白取に目をやることもなく、
多口はせっせとサラダを混ぜていた。
「それは僕のオリジナルです。ひき肉に刻んだレバーを混ぜて、
玉ねぎとカレー粉とかスパイスを入れて揚げるんですよ。
妹たちに何とかレバーを食べてもらいたくて、
うちではずいぶん前から作ってるんです」
へえ〜等と言いながら白取が手を伸ばすと、多口にピシャリと叩かれてしまった。
(しっかし、この僕が手料理を求めて他人を家に呼ぶなんてねえ……)
白取はソファにゆったり腰かけて、ボンヤリとテレビを眺めていた。
(それにしても美味かったなあ)
好きなときに好きなものを食べるのも悪くないが、続き18行
テーブルに並んだ料理を眺めながら白取が感嘆の声をあげると、
当たり前じゃないですかと素っ気ない返事が返ってきた。
ひと風呂浴びてさっぱりしたところへ料理のお出迎えである。
メインはビーフシチュー。ソースは少なめでキューブ状の牛肉がごろごろ入っている。
見ただけで柔らかく煮込まれているとわかるそれが、誘うように湯気をたてていた。
そして大きな皿に、黒っぽい揚げたハンバーグのような、大振りの肉団子のようなものが乗っている。
「何これ。コフタみたいだけど」
席につきながらそれをしげしげ眺める白取に目をやることもなく、
多口はせっせとサラダを混ぜていた。
「それは僕のオリジナルです。ひき肉に刻んだレバーを混ぜて、
玉ねぎとカレー粉とかスパイスを入れて揚げるんですよ。
妹たちに何とかレバーを食べてもらいたくて、
うちではずいぶん前から作ってるんです」
へえ〜等と言いながら白取が手を伸ばすと、多口にピシャリと叩かれてしまった。
(しっかし、この僕が手料理を求めて他人を家に呼ぶなんてねえ……)
白取はソファにゆったり腰かけて、ボンヤリとテレビを眺めていた。
(それにしても美味かったなあ)
好きなときに好きなものを食べるのも悪くないが、続き18行
先程まで嵐が吹き荒れていた寝室は、今はそれが嘘だったかのように凪いでいる。
白取に腕枕をしてもらってゆったり落ち着く、濃密なこの時間が多口は好きだった。
「なんか今日の愚っ痴ー優しいよねえ。どうしたの?」
指先を多口の髪や頬に遊ばせながら白取がからかうように言った。
「そうですか?」
「いつもみたいに『野菜も食べてください!』って怒んないしさ、
おかわりもどんどん出してくれたじゃん。
お風呂まで沸かしてくれてたし、さっきだっていやがらなかったよね」
「そ、れは……」
恥ずかしそうに目を泳がせたあと、多口は向かい合って横たわる白取の首や肩を、
照れが残る手つきでそっと撫でた。
「白取さんが、ほんとに疲れてたから……。たまにしか会えないのに、
疲れてる白取さんに口うるさくしたくないじゃないですか」
多口の発言に、白取は少しだけ驚いた表情になった。
「それに、僕も会いたかったから、つい嬉しくなっちゃって…」
「嬉しいと世話焼いちゃうの?変わってるんだね愚っ痴ーは」
(ああ、どうして僕は憎まれ口しか叩けないんだ)
多口は白取相手だと容易くへそを曲げてしまうというのに。
しかし、多口は快い疲れを浮かべた表情で微笑んだ。
「そうですね。変わってるのかもしれません」続き14行
白取に腕枕をしてもらってゆったり落ち着く、濃密なこの時間が多口は好きだった。
「なんか今日の愚っ痴ー優しいよねえ。どうしたの?」
指先を多口の髪や頬に遊ばせながら白取がからかうように言った。
「そうですか?」
「いつもみたいに『野菜も食べてください!』って怒んないしさ、
おかわりもどんどん出してくれたじゃん。
お風呂まで沸かしてくれてたし、さっきだっていやがらなかったよね」
「そ、れは……」
恥ずかしそうに目を泳がせたあと、多口は向かい合って横たわる白取の首や肩を、
照れが残る手つきでそっと撫でた。
「白取さんが、ほんとに疲れてたから……。たまにしか会えないのに、
疲れてる白取さんに口うるさくしたくないじゃないですか」
多口の発言に、白取は少しだけ驚いた表情になった。
「それに、僕も会いたかったから、つい嬉しくなっちゃって…」
「嬉しいと世話焼いちゃうの?変わってるんだね愚っ痴ーは」
(ああ、どうして僕は憎まれ口しか叩けないんだ)
多口は白取相手だと容易くへそを曲げてしまうというのに。
しかし、多口は快い疲れを浮かべた表情で微笑んだ。
「そうですね。変わってるのかもしれません」続き14行
白取は急に上掛けを持ち上げて多口の下腹部を見た。
「もー、愚っ痴ーだってちゃんとその気じゃない」
白取がどんな意図でどこを見たのか瞬時に悟り、多口は顔が一気に熱くなった。
「ちょ、っと、何確認してるんですかっ」
多口は羞恥のあまり白取の腕をバシバシ叩いた。
「今さらでしょー愚っ痴ー。ついさっきぜーんぶ見ちゃってるんだからさあ」
「だからってわざわざ今見なくてもいいでしょう!」
「うるさいなあもう」
白取はそうぼやくと、やにわに多口の唇を塞いだ。
多口が実はキスが好きで弱いことを知っているのだ。
その証拠にふいに多口から力が抜け、白取はひっそりとほくそ笑んだ。
キスに弱い、首筋が弱い、目を見ながら抱くとより感じる、達するときに手を握ってあげると安心する……。
それらは全て白取が探り当て、多口に気づかせていったことだった。
多口は徐々に白取の背に手を回して求め始めた。
常々多口をからかってばかりいる白取だが、
多口がどれだけ乱れてもそれを本気で揶揄することはなかった。
だから多口は安心して白取に応え、要求してくる。
声の混じった吐息や赤く染まった頬、潤んだまなざしとゆるくうごめく肢体で白取を煽るのだ。
冗談ではなく、一晩中抱いていたくなる。そしてしたいことはするのが白取の身上である。
「明日は1日ずっと寝てていいよ愚っ痴ー」続き9行
「もー、愚っ痴ーだってちゃんとその気じゃない」
白取がどんな意図でどこを見たのか瞬時に悟り、多口は顔が一気に熱くなった。
「ちょ、っと、何確認してるんですかっ」
多口は羞恥のあまり白取の腕をバシバシ叩いた。
「今さらでしょー愚っ痴ー。ついさっきぜーんぶ見ちゃってるんだからさあ」
「だからってわざわざ今見なくてもいいでしょう!」
「うるさいなあもう」
白取はそうぼやくと、やにわに多口の唇を塞いだ。
多口が実はキスが好きで弱いことを知っているのだ。
その証拠にふいに多口から力が抜け、白取はひっそりとほくそ笑んだ。
キスに弱い、首筋が弱い、目を見ながら抱くとより感じる、達するときに手を握ってあげると安心する……。
それらは全て白取が探り当て、多口に気づかせていったことだった。
多口は徐々に白取の背に手を回して求め始めた。
常々多口をからかってばかりいる白取だが、
多口がどれだけ乱れてもそれを本気で揶揄することはなかった。
だから多口は安心して白取に応え、要求してくる。
声の混じった吐息や赤く染まった頬、潤んだまなざしとゆるくうごめく肢体で白取を煽るのだ。
冗談ではなく、一晩中抱いていたくなる。そしてしたいことはするのが白取の身上である。
「明日は1日ずっと寝てていいよ愚っ痴ー」続き9行
85-87の続き?
速→←長、白口
凍城医大に戻った速見が不在時間の経過を最初に実感したのは、田□に関する変化に気付いた時だった。究明の仕事を外れ、日勤外来に戻った田□のことは、一年半前に泉美からメールで聞かされていたのだが。
「……は?」
「あ、速見先生。お疲れ様です」
急患の死亡に落胆しつつ、遺族や警察への説明をと気持ちを建て直していた速見は、処置室から出た途端に目に入った小さな白い後ろ姿に驚いた。反射的に時刻を確かめれば午後九時。もう究明の担当を外れた田□が、ここにいる理由はない。
「あの、父は」
「午後八時五十六分、お亡くなりになられました。多臓器不全――」
一瞬戸惑った速見だったが、従来通りのやり取りを遺族と交わしかけた。その途端。
「あの、それは、どういう」
「自然死ではなく事件性があるということですか」
「それを最初に調べるのは、俺の担当です」
「ご存知ないでしょうか、死亡時画像診断という」
「田□先生、第二MrIに患者さんのカルテ転送しまし――ああ、嶋津さん後は任せた」
速→←長、白口
凍城医大に戻った速見が不在時間の経過を最初に実感したのは、田□に関する変化に気付いた時だった。究明の仕事を外れ、日勤外来に戻った田□のことは、一年半前に泉美からメールで聞かされていたのだが。
「……は?」
「あ、速見先生。お疲れ様です」
急患の死亡に落胆しつつ、遺族や警察への説明をと気持ちを建て直していた速見は、処置室から出た途端に目に入った小さな白い後ろ姿に驚いた。反射的に時刻を確かめれば午後九時。もう究明の担当を外れた田□が、ここにいる理由はない。
「あの、父は」
「午後八時五十六分、お亡くなりになられました。多臓器不全――」
一瞬戸惑った速見だったが、従来通りのやり取りを遺族と交わしかけた。その途端。
「あの、それは、どういう」
「自然死ではなく事件性があるということですか」
「それを最初に調べるのは、俺の担当です」
「ご存知ないでしょうか、死亡時画像診断という」
「田□先生、第二MrIに患者さんのカルテ転送しまし――ああ、嶋津さん後は任せた」
搬送要請をし、自殺他殺の確定を急ぐ警察と、悲嘆に暮れる遺族との間に立ちながら説明をする田□。少し遅れて姿を見せた、己の知らない白衣の男。医局から現れ、慣れた様子で彼らへの引き継ぎをする長谷河。癒着発覚前と同じだと思えた凍城医大の様変わりを、速見はその日まざまざと思い知らされた。
「……お前は田□先生を使い倒すつもりか」
?iセンターとの連係によって、究明の負担が軽減したことを目の当たりにした速見は、数日後偶然来院した白取を追い掛けた。億劫そうな担当医に代わり、長谷河と田□から交互に受けた説明で、結果論のみの書面以上の情報を得ていたからだ。
新組織を否定するつもりはないが、どうにも人選に発起人の私利私欲が見え隠れしていることと。戻ってから初めて自分の目を見、田□の銃創顛末を怒り混じりに告げた長谷河に、複雑なものを覚えたからだった。要は複雑骨折した嫉妬由来だということを、残念ながら速見は自覚していないが。
「なんだよ、開口一番に。他に言うことあるんじゃないの『僕』に」
「いきなり訳の分からないこと言ったお前が言うか」
真っ直ぐ前を見たまま返す白取は、歩みを緩めない。誰かさんのように並ぶつもりもない速見は、その後頭部を睨みながら追い続ける。
「一週間以上前のこと今蒸し返すとか、随分粘着質じゃない速見。図星指しただけじゃないなにがそんなに」
「図星じゃない」
「あれ、じゃあお前の片思い?」
「お前いい加減に」
「どうしたんですか」
不意に聞こえてきた田□の声に、中年二人は全動作を停止させた。ぎぎぎ、と軋む音を伴うそっくりな様子で向き直られ、田□は目を見開く。
「やっぱりお二人とも、似てますねえ」
「「何処が!?」」
そういうところが、とは言えない田□に、二人は次々に反論する。
「俺は白取みたいに公私混同しないし独占欲丸出しにしないしあんたに大怪我させるような抜けた真似はしない!!」
「僕は速見みたいなムッツリスケベじゃないしウジウジグダグダ片思いしないし可愛いものは可愛いって素直に認めるしツーカーで優秀な
人材を放置するような非合理性は持ち合わせていないしこうして結構凍城医大に顔を出す時間を捻出できる程度には優秀でマメだよ!!」続き14行
「……お前は田□先生を使い倒すつもりか」
?iセンターとの連係によって、究明の負担が軽減したことを目の当たりにした速見は、数日後偶然来院した白取を追い掛けた。億劫そうな担当医に代わり、長谷河と田□から交互に受けた説明で、結果論のみの書面以上の情報を得ていたからだ。
新組織を否定するつもりはないが、どうにも人選に発起人の私利私欲が見え隠れしていることと。戻ってから初めて自分の目を見、田□の銃創顛末を怒り混じりに告げた長谷河に、複雑なものを覚えたからだった。要は複雑骨折した嫉妬由来だということを、残念ながら速見は自覚していないが。
「なんだよ、開口一番に。他に言うことあるんじゃないの『僕』に」
「いきなり訳の分からないこと言ったお前が言うか」
真っ直ぐ前を見たまま返す白取は、歩みを緩めない。誰かさんのように並ぶつもりもない速見は、その後頭部を睨みながら追い続ける。
「一週間以上前のこと今蒸し返すとか、随分粘着質じゃない速見。図星指しただけじゃないなにがそんなに」
「図星じゃない」
「あれ、じゃあお前の片思い?」
「お前いい加減に」
「どうしたんですか」
不意に聞こえてきた田□の声に、中年二人は全動作を停止させた。ぎぎぎ、と軋む音を伴うそっくりな様子で向き直られ、田□は目を見開く。
「やっぱりお二人とも、似てますねえ」
「「何処が!?」」
そういうところが、とは言えない田□に、二人は次々に反論する。
「俺は白取みたいに公私混同しないし独占欲丸出しにしないしあんたに大怪我させるような抜けた真似はしない!!」
「僕は速見みたいなムッツリスケベじゃないしウジウジグダグダ片思いしないし可愛いものは可愛いって素直に認めるしツーカーで優秀な
人材を放置するような非合理性は持ち合わせていないしこうして結構凍城医大に顔を出す時間を捻出できる程度には優秀でマメだよ!!」続き14行
搭乗医大に戻ってきた将軍の話
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
改装工事は、大学病院ではそう珍しいことではない。増築の末に廊下が複雑化することも、増えた部屋番号や棟数に、職員や患者が困惑するのも、よくあることだ。
「……にしても」
御船事務長も思いきったなあ、と出勤してきた佐当は、本館屋上から伸びているクレーンを見上げながら、嘆息した。
功労省との協同テスト事業としての英iセンターが軌道に乗り、初期投資に見合うだけの評判と正の知名度とそこそこの回収を得た頃。
左遷と療養期間が終わる速見に帰還を打診した搭乗医大に返されたのは、お偉方にとっては想定外の言葉だった。
『俺が提出し続けてきたドクターヘリ導入案はどうなりましたか』
「……はぁ」
その直後から、上層部も複数の定期会議も予算委員会も揉めに揉めた。揉め続けて何人か倒れた。将軍様の我が儘っぷりはまるで衰えず、言外に「ヘリが没なら戻らない」「全国各地津々浦々、天才救命医はいらんかねーと行商して回るぞ」と漂わせるそれは、殆ど脅迫の域に達しており。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
改装工事は、大学病院ではそう珍しいことではない。増築の末に廊下が複雑化することも、増えた部屋番号や棟数に、職員や患者が困惑するのも、よくあることだ。
「……にしても」
御船事務長も思いきったなあ、と出勤してきた佐当は、本館屋上から伸びているクレーンを見上げながら、嘆息した。
功労省との協同テスト事業としての英iセンターが軌道に乗り、初期投資に見合うだけの評判と正の知名度とそこそこの回収を得た頃。
左遷と療養期間が終わる速見に帰還を打診した搭乗医大に返されたのは、お偉方にとっては想定外の言葉だった。
『俺が提出し続けてきたドクターヘリ導入案はどうなりましたか』
「……はぁ」
その直後から、上層部も複数の定期会議も予算委員会も揉めに揉めた。揉め続けて何人か倒れた。将軍様の我が儘っぷりはまるで衰えず、言外に「ヘリが没なら戻らない」「全国各地津々浦々、天才救命医はいらんかねーと行商して回るぞ」と漂わせるそれは、殆ど脅迫の域に達しており。
通常業務にはなんら差し障りありません、と転送されてきた速見の電子カルテに長谷河が太鼓判を押すに当たって、上層部は血迷った。ドクターヘリ事業は功労省の管轄だ、と性急に「監督省庁からの却下」を求めようとした結果。
「どうも皆さん、攻勢労働省医療過誤死関連中立的第三者基幹設置推進準備室室長兼、櫻宮英iセンター運営管理担当室室長兼、仮名川県櫻宮市ドクターヘリ導入事業発足検討委員会準備係係長代行の白取圭輔でございまーす」
歴代最長の肩書を携えたゴキブリ役人の飛来を運営会議真っ只中に招いてしまい、黒埼教授が卒倒する羽目になったのだ。
「……いよいよ今日、か」
怒濤の一年間を思い起こしていた佐当は、無意識のうちに止めていた歩みを再開させる。屋上のヘリポートの完成は竣工のずれで予定よりかかったが、無線室や直行エレベーターは既にテストも終わっている。
のんびりマイペースな田愚痴の突然の院外への異動が決まり、あちこちがその余波でざわついているが。
「うちはこれから、本番なんだよなあ……」
「どうも皆さん、攻勢労働省医療過誤死関連中立的第三者基幹設置推進準備室室長兼、櫻宮英iセンター運営管理担当室室長兼、仮名川県櫻宮市ドクターヘリ導入事業発足検討委員会準備係係長代行の白取圭輔でございまーす」
歴代最長の肩書を携えたゴキブリ役人の飛来を運営会議真っ只中に招いてしまい、黒埼教授が卒倒する羽目になったのだ。
「……いよいよ今日、か」
怒濤の一年間を思い起こしていた佐当は、無意識のうちに止めていた歩みを再開させる。屋上のヘリポートの完成は竣工のずれで予定よりかかったが、無線室や直行エレベーターは既にテストも終わっている。
のんびりマイペースな田愚痴の突然の院外への異動が決まり、あちこちがその余波でざわついているが。
「うちはこれから、本番なんだよなあ……」
はあ、と肩を落とした巨体に、同様に出勤している職員の誰もが話しかけられない。仔細を知る者ほど「御愁傷様」とその後ろ姿に両手を合わせるだけだった。
速見が救命救急医局に現れたのは、その日の午後二時だった。彼の左遷後に赴任した三名のうち羽間と鳥井、佐当と長谷河が新センター長着任を迎えたが。
「……旭北で熊と戦ってました?」
三年前に比べ、二回りは体格の良くなった速見を凝視し、ポロリとそう呟いた長谷河は。
「羆に人類が勝てるか、せいぜいエゾシカだ」
真顔で咥えたままの飴の棒を上下させた速見に否定され、そうですね、と頷く。
「……」
「……」
意味不明なやり取りに目を丸くしている羽間と鳥井に、佐当は心の中で謝った。すまん、この二人は変なんだ。速見先生は単独でも変だし、普段はまともな長谷河も彼と絡むとおかしくなるんだ、と。
「そうだ、土産がある」
三年ぶりの胃痛再発の気配に佐当が眉を寄せていると、速見がデスクに乗せていた紙袋からなにやらふたつ、取り出す。
「あいつがまだ出入りしてるんだろう、いざという時の武器も兼ねて」
一個は愚痴外来に置けばいい、と速見が四人の前に並べて見せたのは、刀痕荒々しい羆の木彫りの置物だった。
速見が救命救急医局に現れたのは、その日の午後二時だった。彼の左遷後に赴任した三名のうち羽間と鳥井、佐当と長谷河が新センター長着任を迎えたが。
「……旭北で熊と戦ってました?」
三年前に比べ、二回りは体格の良くなった速見を凝視し、ポロリとそう呟いた長谷河は。
「羆に人類が勝てるか、せいぜいエゾシカだ」
真顔で咥えたままの飴の棒を上下させた速見に否定され、そうですね、と頷く。
「……」
「……」
意味不明なやり取りに目を丸くしている羽間と鳥井に、佐当は心の中で謝った。すまん、この二人は変なんだ。速見先生は単独でも変だし、普段はまともな長谷河も彼と絡むとおかしくなるんだ、と。
「そうだ、土産がある」
三年ぶりの胃痛再発の気配に佐当が眉を寄せていると、速見がデスクに乗せていた紙袋からなにやらふたつ、取り出す。
「あいつがまだ出入りしてるんだろう、いざという時の武器も兼ねて」
一個は愚痴外来に置けばいい、と速見が四人の前に並べて見せたのは、刀痕荒々しい羆の木彫りの置物だった。
「……」
「……」
「……この重さと鮭の鋭角さ、結構致命傷になりそうですけど」
ひょいと持ち上げて真顔で評した長谷河に、佐当は泣きたくなった。頼むからツッコミを思い出してくれ長谷河、出水と滝澤のスルースキルに慣れてお前までボケに回ってどうするんだ、と血を吐くように思いつつ、なんとか、なんとか震えながら言葉を綴る。
「……残念ながらここ三ヶ月白取さんは来てませんし先日付けで田愚痴先生は県西部の磯浜郡へ異動になって特別愁訴外来は閉鎖しました」
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジ サクジエンデシタ!
「……」
「……この重さと鮭の鋭角さ、結構致命傷になりそうですけど」
ひょいと持ち上げて真顔で評した長谷河に、佐当は泣きたくなった。頼むからツッコミを思い出してくれ長谷河、出水と滝澤のスルースキルに慣れてお前までボケに回ってどうするんだ、と血を吐くように思いつつ、なんとか、なんとか震えながら言葉を綴る。
「……残念ながらここ三ヶ月白取さんは来てませんし先日付けで田愚痴先生は県西部の磯浜郡へ異動になって特別愁訴外来は閉鎖しました」
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジ サクジエンデシタ!
ぷちぷち
蟻の時計にやられたので
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「僕だって白取さんにかまっていられるほど暇じゃないんですよ、忙しいんです!これから学会だってありますし!」
時間ぎりぎりまで読もうと広げたままだった資料をまとめて立ち上がろうとした多口に、入り口に斜に構えたいつものポーズで寄りかかっていた白取が近寄る。
白取のそういった姿は、本人にそのつもりがあるのかないのか様になっている。うっかり見蕩とれてしまわないよう無視していた多口は、だから立ち上がったその背を白取が覆うように足を止めたことに驚く。
「白取さん!?」
机に突くかと思われた伸ばされた手は、多口の手を包み込む。
「なっ何をしてるんですか!急いでるんですよ!」
振り返らずに多口は怒鳴る。背後にはおそらく、皮肉な笑みではなく、怖いくらいに真実と向き合うあの表情がある。
最近、白取の態度がおかしい。
妙に距離が近いと思うと黙り込んだり、あまりからかってこなくなったかと思うと、以前は笑いながら皮肉を言っていたはずの顔をひきつらせて、白取らしくないことを、石でも噛んだかのように言いにくそうに言う。
「さみしいでしょ、愚ッ痴ー」
なにが、と訊く前に、多口の手を包んでいる手が、撫でるように手首をさする。
「奮発した大ぁ事な時計ダメにしちゃってさぁー」
「だ、ダメにしたわけじゃ…!」
「そうだよねー、大事すぎてしまいこんでるだけだよねー」
「ぐっ…」続き19行
蟻の時計にやられたので
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
「僕だって白取さんにかまっていられるほど暇じゃないんですよ、忙しいんです!これから学会だってありますし!」
時間ぎりぎりまで読もうと広げたままだった資料をまとめて立ち上がろうとした多口に、入り口に斜に構えたいつものポーズで寄りかかっていた白取が近寄る。
白取のそういった姿は、本人にそのつもりがあるのかないのか様になっている。うっかり見蕩とれてしまわないよう無視していた多口は、だから立ち上がったその背を白取が覆うように足を止めたことに驚く。
「白取さん!?」
机に突くかと思われた伸ばされた手は、多口の手を包み込む。
「なっ何をしてるんですか!急いでるんですよ!」
振り返らずに多口は怒鳴る。背後にはおそらく、皮肉な笑みではなく、怖いくらいに真実と向き合うあの表情がある。
最近、白取の態度がおかしい。
妙に距離が近いと思うと黙り込んだり、あまりからかってこなくなったかと思うと、以前は笑いながら皮肉を言っていたはずの顔をひきつらせて、白取らしくないことを、石でも噛んだかのように言いにくそうに言う。
「さみしいでしょ、愚ッ痴ー」
なにが、と訊く前に、多口の手を包んでいる手が、撫でるように手首をさする。
「奮発した大ぁ事な時計ダメにしちゃってさぁー」
「だ、ダメにしたわけじゃ…!」
「そうだよねー、大事すぎてしまいこんでるだけだよねー」
「ぐっ…」続き19行
プチプチ
螺鈿の白愚痴のやりとりから
手を洗いながら多口は、自分の手のひらをこする。しつこくこすっているのに、なかなかボールペンで書き込まれた文字は、わずかに薄くしかならない。
「もう…っ、白取さんったら…!」
ぼやいたところで、白取に振り回されるのはいつものことだし、これ以上こすっても石けんで手が荒れるだけだ、溜め息とともに諦めて、多口は蛇口を締めるが、ハンカチでついこすってしまう。
「あら、多口先生、白取さんがどうかなさったんですか」
背後から聞こえた穏和な声に、思わずボヤく。
「ひどいんですよ、白取さんったら、電話の時、僕をメモ帳替わりにするんです。おかげでなかなか取れなくて」
「まあ、白取さんったら、ずいぶんと多口先生には気安いんですね」
「そんなんじゃないですよ、あの人、人のことなんだと思ってるんだろ」
多口はまだ知らない。
くすくす笑うこのおっとりしたベテラン看護士がこの後、白取が多口に独占欲から自分の名前を書きこんだ、という噂を流すことを。
多口が再び白取にメモ帳替わりにされそうになって、まだ前のが消えてないんですよ!と叫んで拒否して、周囲が困惑して動きを止めることを。
この時の多口は、まだ知らない。
螺鈿の白愚痴のやりとりから
手を洗いながら多口は、自分の手のひらをこする。しつこくこすっているのに、なかなかボールペンで書き込まれた文字は、わずかに薄くしかならない。
「もう…っ、白取さんったら…!」
ぼやいたところで、白取に振り回されるのはいつものことだし、これ以上こすっても石けんで手が荒れるだけだ、溜め息とともに諦めて、多口は蛇口を締めるが、ハンカチでついこすってしまう。
「あら、多口先生、白取さんがどうかなさったんですか」
背後から聞こえた穏和な声に、思わずボヤく。
「ひどいんですよ、白取さんったら、電話の時、僕をメモ帳替わりにするんです。おかげでなかなか取れなくて」
「まあ、白取さんったら、ずいぶんと多口先生には気安いんですね」
「そんなんじゃないですよ、あの人、人のことなんだと思ってるんだろ」
多口はまだ知らない。
くすくす笑うこのおっとりしたベテラン看護士がこの後、白取が多口に独占欲から自分の名前を書きこんだ、という噂を流すことを。
多口が再び白取にメモ帳替わりにされそうになって、まだ前のが消えてないんですよ!と叫んで拒否して、周囲が困惑して動きを止めることを。
この時の多口は、まだ知らない。
螺鈿の押し掛け同棲おいしすぎる
しらぐちかもしれない
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
部屋には多口の放つ規則正しい寝息だけが響いていた。ベッドの傍らに立つ白取が額にかかるくせっ毛をつまんでみても、それは変わることがない。
押しかけて同居してみて分かったのだが、多口は一度眠りについてしまうと、余程のことがないと目を覚まさない。
職業柄か、救急車のサイレンには反応するが、消防車のサイレンはごく近場でもなければ、静かに寝息を立て続ける。白取が目を覚ましてしまうような軽微な地震などもっての他だ。
それだけ日々疲れているのか、小柄な体を横向けてさらに小さくして、多口は眠り続けている。小柄なだけあって、寝息にかすかに揺れる頭も小さい。だからこそ日中、黒目がちの大きな目が、対照的に目立つのだろう、今は瞼の向こうに閉ざされている、白取の言葉に驚いてよく見開かれるあの大きな目が。
いつの間にか白取の手は、その頬にのせて包み込んでいた。自分がしていることに驚いて、次の瞬間それは何事もなかったように眠り続けている多口への苛立ちに変わる。何をしたら目を覚まし、自分に気づくのだろうかと。
夜更けにただひとり暗い部屋の中で、白取は取り残されたように、自分の気持ちに名前を付けることも出来ずに、そのまましばらく多口の寝顔を睨むように見つめていた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
しらぐちかもしれない
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
部屋には多口の放つ規則正しい寝息だけが響いていた。ベッドの傍らに立つ白取が額にかかるくせっ毛をつまんでみても、それは変わることがない。
押しかけて同居してみて分かったのだが、多口は一度眠りについてしまうと、余程のことがないと目を覚まさない。
職業柄か、救急車のサイレンには反応するが、消防車のサイレンはごく近場でもなければ、静かに寝息を立て続ける。白取が目を覚ましてしまうような軽微な地震などもっての他だ。
それだけ日々疲れているのか、小柄な体を横向けてさらに小さくして、多口は眠り続けている。小柄なだけあって、寝息にかすかに揺れる頭も小さい。だからこそ日中、黒目がちの大きな目が、対照的に目立つのだろう、今は瞼の向こうに閉ざされている、白取の言葉に驚いてよく見開かれるあの大きな目が。
いつの間にか白取の手は、その頬にのせて包み込んでいた。自分がしていることに驚いて、次の瞬間それは何事もなかったように眠り続けている多口への苛立ちに変わる。何をしたら目を覚まし、自分に気づくのだろうかと。
夜更けにただひとり暗い部屋の中で、白取は取り残されたように、自分の気持ちに名前を付けることも出来ずに、そのまましばらく多口の寝顔を睨むように見つめていた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
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